絶対零ド

□絶対零ド
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第十話―前夜―










長年、同じ師について学び、高めあってきた、友人といえる少ない男だった。将来、進む道は違えども、国を良くするため、より大国とするために、協力しあえる同士として、信頼していたのに。









『シーゲル』



『ジュリアナ』







かつてない屈辱。




生きていくのが、辛いとさえ感じた。信じていた友の裏切りは、最悪の形だった。





初めて愛おしく想えたかもしれない女性と、心を許した友人が、何も言わず、繋がっていた。












「父上、お話が…」




誰にも渡さない。



渡せない。








あの安らぎを、手放したら、俺はヒトに戻れない気がするから。



彼女の優しい瞳は、俺だけのものだから。











○●○●○




思ったより、エドワード・リアの動きが遅い。わたくしが皇宮に留まり始めて一月。暗殺でも仕掛けてくると思ったのに。このままでは、わたくしが臣下や貴族を掌握してしまう。あれほど皇統に執着していたはずなのに、このまま、何も起こらないまま時が過ぎていくのだろうか。









「殿下?」







「…ミーア」








「いかがなさいました?」








綺麗な顔を歪め、紅茶の水面を凝視したまま動かないラクスに、ミーアは声をかけた。ミーアに声をかけられ、思考の世界から呼び戻されたラクスは、ゆったりとした動作で視線をミーアに移す。










「いいえ、なんでもありません。少し考えごとを」








「そ、うですか?」





不安げに眉を寄せるミーアに、ラクスはにっこりと微笑んだ。










「ええ――それより、この間のこと、報告して下さいな」










不安そうな顔から、一瞬にして引き締まった表情に切りかえたミーアは、本棚に置いてあった地図に持ち出し、テーブルに広げた。











「ここがわたくしたち帝国です。そしてこの度侵攻してきたのが、新興国であるエピリア国です」





「……この時期に、いきなり。しかも、相手は大国である我が国」









三日前、大国であるプラント帝国は近隣の新興国、エピリア国に、要衝の一つカミーユ・リヴァが落とされたのだ。その要衝は各国との貿易の要でもある。そこが何の前触れもなく、落とされたのだ。このまま、野放しにすれば、勢いは更に増していくだろう。







現にエピリア国は、近年周りの小国に攻め込み吸収し、勢いづいているのだ。




最近まで小国にすぎなかったエピリア国が、大国であるプラント帝国に宣戦布告してきた。






プラントとしても、勢いを絶ちたいところだろう。













「カミーユが落とされたのであれば、次にエピリアが狙うは、ローレンスです。ここは我が国専売である鉱物レリアを加工している城塞都市であり、ここが落とされれば軍事バランスが崩壊します」






「――我がプラントの繁栄は、鉄より固い鉱物レリアを加工する技術があってこそ。カミーユが落とされたのであれば、強い防衛線を引くのも難しいですもの」








「加えて、ローレンスの知事はヒビキ家配下の貴族。軍を指揮する能力は皆無です」










ラクスは紅茶を持ち直し一口口にする。










「…皇帝は誰かを鎮圧に向かわせるはずですわ」








「皇帝自ら、とは行かないようです。現在皇帝は、内政に追われています」









「わたくし、…皇帝に行ってこい、と言われそうな気がしますわ」









うふふーと呑気に笑いながら、すごいことを言い出す主に、ミーアは真っ青になった。











「なっ!ラクスさまっ?!」





「戦場、となればわたくしが消える確率は上がりますわ。それに、今回の任務はローレンス防衛及び、カミーユ奪還。重大任務を、一介の貴族に任せられるものではありません――とすれば、身分の高い、皇族あたりが妥当かしら」







「現在そういった任につける皇族は、殿下とキラ様だけ」







「わたくしを殺したいと思っている皇帝が、可愛がっている息子を行かせるとも思えませんわ」








さて、どんな作戦がいいかしら〜と戦術を練り出した主人に、ミーアは頭を抱えた。












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