絶対零ド
□絶対零ド
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「……ラクス様っ」
「ルレリアさま?」
「落ち着いてお聞き下さいませ。ジュリアナ皇女殿下がっ!!」
碧が、大きく見開かれる。
小さな涙が、震える瞳から、零れ落ちそうになるのを、ラクスは必死で堪えた。
―何と言うことだッ。ジュリアナ皇女殿下が、ご即位を前に―
―次の皇帝は誰なのだっ!?ジュリアナ殿下に御子はおられぬぞ―
―皇位継承権はっ?!―
おかあさまが亡くなられたのに、心配ごとはそれだけなの?
哀しんでくれる方は、誰もいらっしゃらないの?
貴族には、皇位の行方しか、目に入っていないの?
「っう、ラクス様」
「ルレリアさま」
ああ、貴女は泣いて下さるのね。おかあさまの死を、悼んで下さるんですね。
―皇女殿下がッ!!あんなにお優しい方がっ―
―殿下ぁっ!!!―
―なんて、酷いことをッ―
違う。
皆、哀しんで下さっている。
皇位だけを気にしているのは、今の暮らしに固執している、お金に目が眩んだ、腐りきった貴族たちだけ。
「……ここからで、申し訳ありません。しかし、ラクス様は」
「はい、分かっています――わたくしは死ぬわけにはいけませんので」
泣かない、泣かないよ、おかあさま。辛いけれど、泣かない。おかあさまとの最後のお約束だもの。おかあさまにもう逢えないけれど、ずっと傍にいてくれるもの。
「もう、十分ですわ」
もう、抱き締めてくるなくても、優しく笑って下さらなくても、もう大丈夫だから、我慢するから。だから、だから、おかあさま。もう安心して下さって、大丈夫ですよ。安心して、眠って下さい。
「……さよ、なら」
なんて方。ジュリアナ様が薨去なさったと聞いても、涙一つ流さず、永遠なるお別れで、身分がら、近くに寄ることもできないでいらっしゃるのに、何一つおっしゃらないなんて。どうして、ここまで強くあれるのだろう。この方は、まだこんなにもお小さいのに。
「ジュリアナ皇女殿下ッ」
―ルレリア様っ―
―殿下の“ヴァン”であり、従姉妹のご資格をお持ちの―
―なんと、嘆かわしい。ああ、あのように泣かれてッ!!―
―ルレリア様がご成人前ならば、皇位継承権がっ―
「……ジュリアナさまッ」
エドワードとの結婚の儀である、初夜を前にして、自ら命を絶ったという。美しく眠っている姿は本当に辛くて、哀しくて、綺麗で、涙しか出てこない。
貴女の美しい金髪の頭に、美しい冠を戴くその瞬間(とき)だけを、生きる糧として生きてきたのに、これからわたくしは何を見て、何を糧に生きて行けばいいのでしょうか。
『ルレリア、ルレリアー!!』
『ルレリア、お願いね。私はもうあの子に逢えないけれど、貴女になら任せられるわ』
『貴女とシーゲルだけは、何があってもあの子の味方でいてね』
『ありがとう、ルレリア』
『今まで、本当にありがとう』
『ごめんね、ごめんね。ルレリア、私自分勝手だったよね』
『大好き、大好きよ』
『シーゲルも貴女も、あの子も』
貴女を失い、とても辛くて、どうしようもない。けれど、わたくしは貴女との最後のお約束、決して破ることはいたしませんわ。
『あの子を、ラクスをお願い』
貴女が冠を戴くお姿を、拝見できなかったのはとても残念ですが、貴女の御子、ラクス・セレーナ・ド・ウル・フォーレイル・クライン皇女殿下が、それを戴く瞬間を、糧に、生きる目的として、わたくしは生き続けていても、いいでしょうか。果たせなかった夢を、ラクス様に見てもいいですか。
あの強い、皇女殿下に。
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