絶対零ド
□絶対零ド
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――――――
ガタン。
「殿下っ?!」
晩餐会を終え、ラクスの私室まで付き従っていたミーアは、いきなりの物音に目を見開いた。
「どうなさいましたっ」
壁に寄り掛かり、顔を俯かせて微動だにしなくなでてしまったラクスに駆け寄り、声をかけるが、まったく反応がない。
「でん」
「…下がって、いいわ。ミーア」
「―――は、い」
例え、主が心配でも、主の命令は絶対的――逆らうことはしない。
――パタン
「……ッ」
エドワード・リア・ヒビキのたった一人の御子、キラ・アレクド・リア・ヒビキ。この帝国の皇子として、次期皇太子と、名高いたった一人の皇子殿下。名前だけは知っていた。元来、皇太子前の皇子は外には顔を出さないから。
どうして、名が一緒だと思った時、別れていなかったのだろう。
「き、ら」
裏切られた?利用されていた?
でも、そんなはずはない。わたくしが皇族だということはおろか、貴族の娘だということも気づかれていなかったはず。
「偶然と、いうの…」
わたくしとキラの出逢いは、本当に偶然の産物なのだろうか。ただ単純に、わたくしたちは、好き合っていただけ?知らずに?
「…そん、な」
母の敵である、現皇帝エドワード・リア・ヒビキ。その息子であるキラと、わたくしは対立の立場にある。以前のようには、もう。
「そ‥ん、なっ」
よりどころと、キラに縋ってしまっていた。預けた心はもう、戻ってはくれない。あの小屋でたった一人、十年以上一人でも大丈夫だったのに、いつの間にか、彼の優しさに慣れてしまった。
「キラっ」
よりによって、なんで、どうして、エドワードの息子とっ。
「ラクスっ」
「…っ?!」
ふわりと、優しい香りが、冷たいラクスの躯を包む。必死で我慢していた涙が、ラクスの瞳から零れ落ちた。
「……ずっとこうしたかった、ラクス」
「き、‥ら」
泣いてはいけない、とお母様とお約束していたのに。泣かないと決めたのに、貴方の胸の中ではこんなにも簡単に泣けてしまう。
「僕、どうしたらいいか…わからなくてっ」
「……っ、離して」
もう後戻りできない。わたくしはもう泣いていられない。この戦場に、自ら身を投じた時に、その道は閉ざされたのだから。
「ごめんなさい、キラ」
愛していても、どうにもならないこともある。貴方と過ごしたこの数年と、一人で過ごしてきた十数年を比べるつもりもない。
「‥‥どうにも、ならないの」
「ラクスっ」
「わたくしは、貴方の父親を、貴方の血を赦すことはできない」
涙で濡れた碧は、力強いもので、キラは何も言うことはできなかった。この瞳に逆らえる者は、誰ひとりといないだろう。
「愛しているけれど、……貴方では駄目なの――」
「ラクっ」
「ごめんなさいッ」
もう泣けない。唯一泣くことのできた胸は、自分で壊して。
もう、ただの、ラクスにはならない。わたくしは、皇女になる。
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