§Secret§
□§Secret§第三章
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Episode.T<思惑>
ガタ、ガタン!
「?!先生っ!!!」
「っ……ぃ、た」
デスクに置いてあった書類や本が音をたてながら落ちていく。
それに続くように、白衣を身に纏った身体が椅子から崩れ落ち、床に転がった。
すぐさま気づいたナースが青い顔で駆け寄るが、それ以上に顔を染め上げ、腹部を押さえ、額には脂汗を滲ませる姿は、尋常ではない様子を物語っていた。
「すみ、すみません」
白い清潔感漂うベッドに横たわり、カルテを持った医師、ラクスに真っ赤になったシンが噛みつつも礼を述べた。
「いいえ。でも、いきなり、大変でしたわね。虫垂炎だなんて」
病院を辞めようとした途端、指導していたシンがいきなり倒れ、引き継ぎ作業を中断し、ラクスを執刀に緊急手術が行われた。
幸い破裂まではいかず、虫垂は切除された。
ラクスはカルテに必要事項を書き込み、ナースに手渡すと、ベッドの隣に置かれた丸椅子に座った。
「なんかチクチクした痛みはあったんですけど、虫垂炎だとは」
「大事にいたらなくてよかったですわ」
にっこりと微笑んだラクスに、顔を赤く染め上げたシンは、顔を隠すように俯いた。
「…あ、の。病院辞めるって話、本当ですか?」
穏やか空気の中、シンは心につっかえていたことを思い切って尋ねた。ラクスが医院長に辞表を提出したのはすぐさま広まり、無論シンの耳にも届いていた。
「……ええ。本当です」
にこやかだったラクスの顔が曇り、シンは真実なのだと悟ると同じように表情を曇らせた。
互いに何を言ったらいいのか分からなくなり、沈黙が横たわる。
「や、辞めないで下さいッ!俺、まだクライン医師に教わりたいことたくさんあるんです」
同じ医者として彼女を尊敬している。でも一人の女性として、恋心を抱いているのも事実だ。小さな子どもが抱く憧れに似た感情だけれど、いなくなってしまわないでほしい。まだ貴女とここで働いていきたい。
「……すみません。事情が事情ですので――でも、ありがとうございます。惜しんでいただけて、わたくしも嬉しいですわ」
「本当に、もうダメなんですか」
縋るような紅い瞳に、ラクスは蒼い瞳を伏せた。
自分勝手な理由で病院を去ろうとする行為が、たくさんの人に迷惑をかけている――シンの恋心などにはまったくもって気づいていないラクスは、罪悪感からかシンを直視できないでいた。
「…シン君が退院するまで残りますわ。ですから元気を出して下さいませ、ね?」
明日にでも出ていくつもりだったが、シンの瞳に負け、ラクスは仕方なしにそう告げ、優しく微笑んだ。
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