絶対零ド
□絶対零ド
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「侯爵家の娘との婚約っ?!それは本当ですか父上ッ」
「ああ。殿下もお年頃、侯爵家の娘なら釣り合うだろう――血筋からみても、皇族に連なる家系だ」
淡々に語る父パトリックの話に、アスランは椅子から勢いよく立ち上がった。パトリックは変わらずに夕食に手をつけている。
「侯爵の娘はお前とも従兄妹同士だ。殿下とのお披露目は、…陛下の“次”ぐらいではないか?」
「父、上?それは」
「ああ、まだ発表はされていないが、陛下が公爵家のご令嬢をお見初めになられ、近々後宮に入られるそうだ――公爵殿が社交界にも出さず隠していたご令嬢だ。これほどの縁談はないだろうな」
「でも、何故キラまで」
皇族が立て続けに婚姻関係を結ぶのは珍しいことだ。それにキラは婚約を急ぐ歳でもない。
「陛下の妃であった亡き姫君ジュリアナ・レイク・ド・ウル・フォーレイル様は先の皇帝の皇女殿下だった方。すでにキラ殿下をご出産なさっていた皇后陛下がいた陛下との無理矢理ともいえる婚約で、皇位継承の権利をいただいた陛下。そして突然の先帝の御崩御が重なり、今がある」
父上はいったい何をいいたいんだろうか。そんな昔話まで持ち出して、といった疑問が聞こえてきそうな息子の顔にパトリックは含み笑みをこぼす。
「…いいか、アスラン。今の皇帝陛下は我が国に遥か昔より支配してきた貴い血族であった皇族の血を、少しもひいておられないのだよ。お前のほうが、血は皇族に近いのだ―――キラ殿下もまた、皇族の血族の方ではない。ご直系の方はもうおられないのだから、同じことなのかもしれんがな」
「父上っ、ですから」
「ジュリアナ様の御子が、いればよかったのだが――いまさら言っても仕方あるまいか」
パトリックの主旨を今だ理解できないアスランは、自分の席を離れ、ワインをゆったりと飲んでいる父に詰め寄った。
「――そうまでして、陛下は皇族の血族との交わりを嘱望しているのよアスラン。まるで何かを恐れるようにね」
静かにそう告げたのは、アスランの母であるレノア・ザラだった。
厳しい面持ちの母親にアスランは一瞬たじろいだ。
「もし、御直系の方が現れでもしたら、その時点での皇位継承権第一位はキラ様ではない――無理に皇帝についたのに一代で終わらせたくないのね」
「母上までそんなことをッ」
これではまるで、直系である皇族が存在するみたいではないか。
ただでさえキラは皇位について迷いがある今、直系の者が出てきてしまったら間違いなく皇位を返上する言い出すだろう。今のキラを皇子の地位に留まらせているのは、皇位継承権を持つ者が一人だけ、という事実だった。
争いごとを嫌うキラが、内戦を避けるために、好きな女と一緒にいることを半ば諦めているのはこのためだ。
「いいことアスラン。貴方は皇族の遠い親戚で、その貴い血をひいているの――私たちが主人としてお仕えするのは“皇族”のお方」