Short Novel

□何も言わない、君へ
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―放課後―





文化祭が近いこともあり、生徒会は大忙しだった。仕事が一段落したのは、5時を過ぎ空が暁に染まっていた。ラクスは荷物を持ち、早足である場所に向かっていた。下校時間は過ぎ、残っているのは運動部ぐらいだ。





ラクスはキョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認するとソロリとその教室の中に入った。








――――ポーン




静かに響く、音にラクスは癒される。





学校ではとることがない眼鏡とゴムを外す。






肩の力を抜くと、自然に口がカーブを描く。






「…すぅー」





空気が肺を満たし、力が入る。





「……ららーらら、らーらーらら――」




美しい声が、音楽室内に響く。
大好きな、歌。歌をうたっているだけで、落ち着ける。緊張した時も、少し歌えば不思議と精神が落ち着いてくれる。







「―――ららーら……発声はこれくらいでいいわね」



白い鍵盤の上に、白く細い指が滑らかに走り―――美しい音を奏でる。






「…静かなー…この夜にーあなたをーまってるのー」


優しいメロディ。
狭い音楽室だけでは、もったいないほどの声―――それはまるでローレライのように、引き付ける歌声。




そして、その歌声は彼を引き付けていた。







―――――――




〜♪





「?誰だ、こんな遅くに―――」




会議やらなんやらで、キラはまだ校内に残っていた。戸締まりのチェックやらで、校内を見回っていると、音楽室から僅かにピアノの音が漏れ出ていた。好奇心からか、キラはそぉっと中に足を踏み入れた。






音楽室には電気がついておらず、日暮れの光だけが差し込んでいるだけ。





ローレライのように美しい歌声に引き付けられたキラは、聞き覚えのある声に体が勝手に動いてしまった。







「…あれからー少しだけー時間が過ぎてー」






聞き覚えのある声。美しい、透き通った声。




フラフラと酔ったように近づいて行くと、桜色の髪が見えた。もしかして、もしかして。





心臓がドクンドクン、強く脈打っている。










ガタ、ン。周りのことが見えていなかったのか、キラは椅子に足を引っ掛けてしまった。途端に、ピアノの音は止む。






「…っ、だれ?!」





細く頼りない声が、音楽室に響く。歌うことに夢中で、ラクスは気付かなかった。それに、音楽室内はもう薄暗く相手の影しか見えない。そのことが、恐怖だった。








「――だ、だれなのですっ」





まさか、歌っているところを見られてしまうなんてっ!このことがお父様に知られれば、わたくしが今までしてきたことがっ!!







「…ご、ごめんッッ!盗み聞きするつもりはなくてっ!!」






陰になっている所から、キラはゆっくりラクスに近づいた。恐がらせていることと、盗み聞きしてしまったことに罪悪感を感じたからだ。






「で、でも!!君の歌、すごくステキだからッッ!!」




「……すてき?」








こんなの、お遊びでしかすぎないのに?




それなのに、この方は素敵と言う?







「――…こ冗談を、こんなもの」




素敵なんかじゃない。こんなの。ただのお遊びにしかならない。こんな、歌。







「……すみません、もう帰ります」



なんだか、気分が悪い。やっぱり、うたなんて歌わなければよかった。後悔。
うたなんか、うたなんか。大嫌い。








「――ま、待ってッッ!!」





「……っへ?!!」






学生鞄を手に持ち、キラの横を通りすぎようとした時、ラクスは強い力に引き止められ、立ち止まらされた。








「なっ、なに…をッッ?!」




「こんなものって、君の歌はすごい。人の心を動かせるんだから。……それに、君はどうして気付かない?」







ここでようやく、相手に気付いたラクス。



いつもなら、冷めた声で振り払うことができる。なのに、彼女の体は固まっていた。



薄暗い部屋にキラの瞳が輝き、ラクスの動きを封じていた。本当はとっとと振り払いたいのに、それができない。






「………どうして、絶望しきった瞳をしているの?」






ビクリと肩が震えた。絶望、それは『うた』にたいしてのだ。うたに絶望している瞳。








何故、彼は―――









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