Short Novel
□何も言わない、君へ
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「…は、離してッッ――!!!」
動かない体に鞭打って、無理矢理キラの腕から逃れる。これ以上キラの瞳を見ていると、作り上げた完璧な自分を壊されてしまいそうだったから。
「……わ、わた――しのうっ、うたはッッ」
『うたなど、よまい言を……』
そう、わたくしのうたはただのよまい言にすぎないのだ。諦めたはずだったのに。うたを捨て切れない、わたくしは、また傷つく。
「――もう、いや……」
こんなの、うただけでこんなにも乱されるなんて。嫌だ、嫌だ、いやだ。こんなの。
「す、みません――帰りますっ。………帰りたいッ」
忘れたい、うたなんか。うたなんか、知らなければよかった。傷つくだけなら。
「………歌いたいって、気持ちを抑えるから辛いんだよ。逆らうから、哀しい」
「――っ?」
弱々しい姿に、キラは静かに呟いた。ラクスは、目を見開いた。彼は、人の心が読めるのだろうか?どうして、辛いって。哀しいって、わかる?うたを受け入れないことが。
「……素直に歌ったら?そしたら、哀しくなんかない―――きっと気持ち良いから」
素直に歌う。素直に、うたを紡いでいいのだろうか?うたを楽しんでいいのだろうか?
「……すぅー」
素直に、うたを歌える。
「―――…静かなーこの夜にあなたーをー待ってるのー……」
泣きたくなるような、気持ち。
苦しいからじゃなくて、楽しいからで。
うたを嫌いになりたかった。でも、無理だった。うたは、うただけは。
他は全て、父様の言う通りにできたのに。
「…っ。あ、りがとう――」
涙は頬を滑った。うたは、やっぱり好き。
大好き、大好き。それを気付かせてくれた。
ミーアを追って来た、変な人だと思っていたけれど彼は優しくていいヒトだ。
彼の性格なら、きっとミーアも。
「……?」
ボケッとしてたら、彼の顔がかなり近くにあった。ん?んん?これは、ナニカシラー?
パチパチ目を大きく瞬きしても、どんどん近づいてきて。ヤッバァーーーイ!!と、思った時には、唇には柔らかい感触がした。
「………ッッ!!!」
彼にたいしての感謝が一気に吹っ飛んだ。
相手を間違えているのにも気付かず、あまつさえいきなり…きっキスしてくるなんて!
最低、最低、最低ッッ…!!!!
キーッ!!キィーーーッッ!!!!
くわっと色ボケした瞳の彼を見据え、腕を上げいっきに手を振り下ろした。
パッッーーーーシイィン!!!!
「グワッは!!!」
バタバタバタッッ!!!ピシャッ!!
―――――――
ダダダダダダダッッッ!!!
「あっ!お姉ちゃん。おかー…えり――??おっ、お姉ちゃんッッ?!!」
帰ってくるなり洗面所に駆け込んだラクスを、ミーアは訝しげに見つめた。洗面所からは、水の音がバシャバシャ聞こえミーアはパチパチ目を瞬かせる。5分くらい経って、タオルで顔を拭くラクスが出て来た。ミーアは、ゴシゴシ顔を拭く姉にゆっくり近寄った。
「も、もしもーーし?お、お姉ちゃん?」
ラクスの奇妙な行動に、ミーアは動揺していた。いつも冷静な姉が、ここまで乱れているなんて!!いったいなにがッッ?!!
「……ミーアッッ!!!」
タオルに顔を埋めたまま、ラクスはミーアに話した。普段聞かない姉の鋭い声。
自然に背筋がピンッと伸びてしまう。
「…おとこなんて、おとこなんてッッ!!」
「お、おとこっ?!」
「………なんでもありませんッッ!!!」
「ちょっー?!お、お姉ちゃーーん!!?」
ミーアに言えるわけがないっ!!
ミーアに言ったら、なにを企むか分からないものっ!!そう、なにを企むか……。
何故だろう、あんな失礼な方。ミーアの体裁を受けても構わないはずなのに。
何故、躊躇う?気になる?
分からない、それと顔が熱いのは何故?
心臓もすごい、速い。
唇も物凄く熱い。どうしてだろうか。
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