TIR NA NOG
□V-Z
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パチン、パチン、と薔薇を摘んでいく母親の背を眺めながら、ルイは努めて驚いた声を出した。母が望むような言葉を舌にのせる。
『…アカデミーって、どうして?』
『ヤマト准将のことは知っているでしょう』
アイリスは息子に言葉を返しながら、摘んだ薔薇を花瓶に黙々と生けていった。深紅の薔薇は一輪だけでも美しさを誇る。丹精込めたランカスター家の赤薔薇は、付き合いのあるご夫人方の羨望の的でもある。
ヤマト准将、を指す人物の顔を思い浮かべたルイは次いで最近ご無沙汰な従姉の姿を思い出した。
『ああ、ラクスの騎士(ナイト)』
パチンと続いていた鋏を裁つ音が消える。変な所で切れてしまい、長さが足りない薔薇をアイリスは傍らに置き振り返った。
後方では海や空の雑誌を紅茶とともに読む息子がいる。その表情は、あまり会話を楽しんでいるとは言い難い。
『・・彼をアカデミーに受け入れることになったのよ。特例でね』
『…何故?ラクスの騎士って、あのフリーダムのパイロットですよね?』
やっとこちらを見た息子にアイリスはにっこりと微笑んだ。今している話は雑誌の片手間でするようなことではない。
ルイはルイでアカデミーに入れという母のお願いから、そこに飛ぶとは思わなかった為、強制的に意識を持って行かれた。
『フリーダムのパイロット様を、いまさらアカデミーに?母様、いったいどうして』
フリーダムの高名は軍関係者でなくても知っている。民間人の間では伝説級だ。いくら自国の軍がフリーダムに煮え湯を飲まされた過去があっても、戦争を二度に渡って終結させた英雄である。
その事実に加え平和をこよなく愛する歌姫、ラクス・クラインを支え護ってきた剣。フリーダムの名はプラント市民の間で信頼を得ている。
民間人だが、父母を政府関係者に持つルイは他にも知識を持っている。しかしそれでも、フリーダムは英雄だ。泥沼したあの戦争を止めてくれたのだから。
『ヤマト准将はね半分は民間人でいらっしゃるのよ。純粋な軍人ではないの』
『?』
『まぁ詳しい説明は省きます。とにかく彼は民間人の時にたまたまMSに搭乗する機会を得たのよ』
アイリスは切り損なった薔薇を手に息子の正面に腰掛けた。自分と息子のティーカップに紅茶を注ぎ、一口飲む。自らブレンドした紅茶は薔薇を含ませているため色も香も一等気に入っている。
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