TIR NA NOG

□雪解けの抱擁、嘘つきの涙W
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『隊長!』




ダコスタが直ぐさま反応する。


ラクスも一拍遅れて、エターナルを護ってくれた砂漠の虎に微笑みを浮かべた。







『バルトフェルド隊長、ありがとうございました』



《……ラクス。キラがコックピットから出てこない》



『‥え?』






笑顔は一瞬で凍りついた。一気に不安になり胸が鷲掴みにされ、息すらできなくなる。







《声をかけても反応がない。ロックを外そうにも、初期設定が既に書き換えられて埒が明かん》





まさかの立て篭もりにバルトフェルドはやれやれと肩を竦め、呆れたようだったが、ラクスはそれどころではなかった。



バルトフェルドにしてみればこの強行の理由は思い付く。潔すぎる決断を下した歌姫を、ブリッジから引きずり出す手段だろうと踏んでいた。





どうも“彼”に関しては及び腰になる“彼女”を誘い出そうとしているのだ。そしてそんな簡単なことを、“彼”に限ってのみ、聡明な“彼女”は気づけない。









《・・撃墜された時の怪我がまだ残っているのかもな》





完治していると聞いている。けれど、艦を護ってくれたキラへの感謝からかバルトフェルドはこの幼稚な策に加勢することにした。


いろいろ詰めたいこともあるが、今はまだ大丈夫だから。




なにより、彼女にも、必要だと思ったから。


フリーダム撃墜の報告を受けてから無理ばかりを通す彼女には、彼が必要だと判断した。










『…世話の焼ける』




画面に背を向けブリッジから出ていくラクスの背を見ながら、バルトフェルドは笑みを浮かべながら呟く。



皆に頼られ、それに応えてしまうから忘れられがちだが、彼女はまだ20にも満たない、自分からしてみれば子どもだ。


戦場で立つ姿だけしか知らなかったらきっとなんとも思わなかったかもしれない。けれど、バルトフェルドは地球で知ってしまった。





平和の歌姫の違う一面を。





ラクス・クラインという名にかかる、様々な称号のどれとも違う、姿を地球で見てしまった。



ただ一人の傍に寄り添うことを望んでいた彼女を。


それでいて酷なことを強いてきたのは、それも、彼女の一部だから。




どの彼女も、彼女だから。









『・・来たか』





バルトフェルドは整備の手を借りてストライクフリーダムのコックピットにたどり着いたラクスの背を見つめた。


開かずの扉は直ぐさま開き、淡いピンクの髪が激しく波打つ。
本当に一瞬だった。








『ラクス様っ!?』


『ラクス様!』






皆が敬愛する歌姫が、コックピットの中に吸い込まれたというより引きずり込まれてしまった。


また開かずの扉と化してしまったストライクフリーダムに、整備班は可哀相にとてもうろたえている。




なりふり構っていないキラの様子にバルトフェルドは大袈裟に肩を竦めると、オロオロしているスタッフに休息を言い付けた。


どうせ彼が満足するまでロックは開きはしないのだ。こじ開けることなんて無理。整備班はパイロットとようやく会えたということで微調整などしたいらしいが、時間を置かなくては叶わないだろう。



キラに敗れたザフトもしばらくは何もできないだろう。主力が地球にある今は特に、アレに敵うはずもない。



それだけの力をたった数分で、彼は見せつけた。





何の音も発せず静かに佇むストライクフリーダムをバルトフェルドは一瞥し、そして格納庫をあとにした。







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