NO NAME
□Y-Z
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「――ああっ!」
キラは打つけ所の無い苛立ちに喘ぎながら馬を走らせていた。国王の私室での馬鹿に拍車がかかった主君であり義父と、賢妃としていつも慎ましやかな義母とのよく分からない喜びの舞を長々と見せられたばかりか、こそこそ隠れている実父を部屋の隅で見つけてしまい、この阿呆らしい時間をもたらした馬鹿野郎を斬りたくて仕方なかった。
あれほどカガリやアスランに口止めをし、協力を取り付けたのに。その必死さも、きっとカガリから説明されているだろうに。
あっさりとバラした父ユーレンに本気で殺意が込み上げた。
趣味である薔薇の品種改良ばかりに精を出して本業を疎かにする本物の馬鹿阿呆野郎の尻拭いをしている自分が哀しくなる。
いっそのこと大事にしている薔薇の株を全部燃やしてやりたい。
ラクスが落ち着いているからといって屋敷を離れたくなかったのに。朝一で呼び出されてもう昼だ。
「ラクス、食べられるかな」
宮廷パティシエが作った王女時代の好物が詰まった袋を胸に抱え直し、キラは屋敷の扉のドアノブを掴んだ。
「‥‥ん?」
扉を押したが、びくともしない。
あれ、と首を傾げたが自分が外出時に施錠することはよくあるので鍵を開け、キラは屋敷の中に足を踏み入れた。
「帰ったよー。シホー?」
人の気配がすればシホが直ぐに姿を現す、はずである。しかし物音一つしない。
「‥ラ‥クス?」
ドクンと胸が強く鳴るのと同時に嫌な汗も流れた。騎士としての感覚が、屋敷内に人の気配が無いと伝えてくる。それでもキラは部屋の一つ一つを見て回った。
出た答えは勘通りのもので、キラは五月蝿く鳴り続ける心臓辺りの服を握り締める。
居ない、居所が分からない、それがこんなにも動揺させる。
「‥‥っ」
キラは手にしていた袋を放り投げると慌てて来た道を引き返した。馬に飛び乗りラクスが行きそうな所を一つ一つ辿る。
以前はよく賭博関係の遊び場に顔を出していたけれど、最近はまったくなかった。
外出をしなくなっていたのだからそこらへ行く可能性は感じないが、それでも探さなければ気が済まない。
キラは商店街の馴染みの店も聞き込んだりしたが、逆にラクスちゃんはどうかと尋ねられる始末だった。
変わりない、とだけ返し、キラは商店街を抜ける。残すは貴族街にある実家だけだ。
ラクスが行ける場所は、もう実家だけしかない。他に行く所はないのだ。
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