NO NAME

□Y-Z
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「けれど、ラクス様のことは見過ごせないわね」




愛する男(ひと)と幸せな結婚をしたカガリの姿に安心し油断して、キラの結婚生活も心配ないと思ってしまった。


王家から託された王女であるラクスも国王一家から聞かされていた通りの性格で、きっと上手くいくと。


しかしヴィアは己の息子のことをよく知らなかった。








「ラクス様のお育ちは特殊だと最初から解っていたでしょう?それなのに貴方は、ラクス様を泣かせてばかりだったと聞いたわ」



「………」



「政略結婚を強いたことを負い目に感じているカガリが強く言えないことを利用してすき放題。シホが泣いていましたよ」






カガリが素直に育ち愛情の大切さを知っていたから、ヴィアは安心していたのだ。


社交界でいくら浮名を流していても、それはヒビキ家の責務故で、大丈夫だと。そんな不確かなモノを信じてヴィアは旅行を楽しんでいた。




シホの闇を癒した王女ならば、問題ない。


娘の弟である息子には問題ないのだから。


この驕りが間違いだった。










「仲良くやっているのだとばかり思っていたのに。貴方の言動は最低だったと、シホは顔を赤くしていたわ」




泣いたり、怒ったり。人形のようだったシホの変化は喜ばしいことだけれど、とヴィアは心の内で呟く。





「そして今度は馬鹿みたいにラクス様のお尻を追い回していたそうね。昼夜も問わず獣以下だと呆れていたわ」





本当に変わった、とヴィアはハンカチを握り締めながら状況を説明していったシホの姿を思い出していた。




きっと誰も想像していなかったシホの変化。


あの隔離され綺麗な世界しか知らないただのお姫様が、深淵の底からシホの心を救い出したのだ。聖女伝説はただのでっちあげであるとヴィアは知らされていたのに、信じてしまいそうになった。



王女は正しく聖女であると。









「そして子どもができたら山のように買い物をしてそれを与えて、お金で解決するつもりだったの?そんなものが、あの方に通用するはずもないでしょう?だいたいお金に頼るだなんて、情けない。丸く収まるとでも思っていたの?」



「・・・・」





シホはどんな説明をしたのだろうか。


延々と続くヴィアの説教に、キラは溜め息を吐いた。こっそり吐いたつもりだったが、目敏い母を欺くことはできず、ヴィアは目を吊り上げさせる。







「聞いているのっ?!」



「聞いてます。反省もしてます。だからラクスを返してください」



「まあ」






久しぶりの母子の会話だというのにさっさと終わらせたい、という意思をひしひし感じたヴィアは面白くないと思うと同時に、口答えなど知らないはずの従順な息子の成長を悟った。








「‥‥本当に、変わったこと。ラクス様に感謝しなくては」




シホが敬愛する偽りの聖女は、息子の心まで変えてしまった。それらはヴィアにとって聖女の名に相応しい奇蹟だった。









「さあ、行きなさい」





立ち上がった母親にキラは目を丸めた。









「……は?ら、ラクスは此処に居るんじゃ」




狼狽する息子にヴィアは美しく微笑む。可愛い息子のたくさんの表情が見れて嬉しかったのだ。







「居ないわ。来ただけよ。シホが貴方が訪ねて来たら説教してほしいと言いに来たの」



「じゃあ何処に‥っ」



「知りません」




驚き、狼狽、不安、くるくる変わる表情にヴィアは笑みを深くさせる。






「でも伝言は預かっています。“本当に最初からやり直したいなら、来て下さい”、ですって」



「‥‥“最初”、から」





――もう一度、最初から。




泣くラクスに懇願した言葉。




キラは顎に手を当て少し考え込んだが直ぐにハッとなり、部屋を飛び出した。








「まあ、仕方のないこと」



挨拶も無しに飛び出した息子の背中を見送りながら、ヴィアは楽しそうに呟いた。







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