NO NAME
□Y-Z
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執事が淹れた紅茶と料理長自慢の茶菓子を優雅に楽しむ母を前にキラは苛立ちを募らせていた。
妻の居場所を速く聞き出したい所だが、ヴィアの雰囲気に負けて口が開かない。
紅茶の味などまったく解らないほど緊張するのは、昔からだった。
あまり一緒に過ごした記憶がないのに、母だけは苦手。これは姉弟共通の感情だ。
カガリも母にだけは逆らえない。
特殊な責任が課せられるヒビキ宰相公爵家に嫁いできたヴィアは、あらゆる面で子どもたちの手綱を握っている。
「――ああ、久しぶりね。こうやってゆっくりするのも」
「‥‥‥‥」
「ラクス様やシホにたくさんお土産を買ったのに、貴方ったらちっとも本邸に連れて来ないのだから。いったい何事かと思っていたのよ」
「それ、は‥すみま、せん」
長い長い旅行に出て母が帰って来た頃はもう屋敷に引きこもっていた。こうして対面するのは旅に出る前、もう一年ほど経つ。
ラクスとの婚姻が纏まり落ち着いた頃を見計らってヴィアは友人を誘って長期の旅行に出たのだ。ヒビキ家に嫁いで30年。
彼女の心を悩ましていた最後の懸案事項が解決したからだった。
それを見届けやっと念願の旅行に出たというのに帰って来てみれば、ごちゃごちゃになっていた。事情をかい摘まんで聞いたヴィアは孫の誕生に喜んでいた胸を痛めた。
「お勤めを蔑ろにしていたことは、事情が事情なのでこの際仕方ないわ。私も長く留守にしていたし」
「・・・・・」
コトリ、とカップをソーサーに戻しテーブルに置いたヴィアは眉を顰めて俯き続ける息子を見つめる。こんなに恐縮している息子に、育て方を間違えた、と自責の念に苦しくなった。
明かされたヒビキ家の仕事に追われ、子育てを義父任せにしてしまったツケが今になって回ってきてしまった。娘が素直に育ったので安心していたツケも一緒に。
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