NO NAME

□Y-Z
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ヒビキ公爵本邸は貴族街において最も広大な敷地を有している。荘園の屋敷と見紛うほど立派な屋敷は国において唯一の公爵家であると証明していた。








「――キラ様」





キラは屋敷に入るなり深々と頭を下げた執事長に迎えられた。まるで急な訪問を知っていたかのようだ。執事長の対応にラクスとシホが来ているのではと期待が膨らむ。







「ねぇ、こっちに」






「やっと来たのね」





逸る胸に逆らわずキラは妻の居所を聞き出そうと口を開くが、言い切る前に高い声に遮られる。キラにとって聞き慣れ、そして逆らうことができない強い声音に、身体が固くなった。









「‥‥‥母、さん」




ゆっくり顔を上げた先にはヒビキ家の裏の主人といってもいい母ヴィアが優雅な笑みを纏って、階段に立っていた。







「久しぶりね、キラ」




落ち着いた足取りで階段を降りて目の前まで来た母親に、キラは得も言われぬ迫力を感じ押し黙ってしまう。


微笑んでいるだけなのに、なにかズシリと重い圧迫感があり口を開けない。






「そんなに慌てて、貴方らしくないわね。少しは落ち着きなさい」



「・・・・」





知っている、キラは母の笑みから、そう悟った。自分が妻を捜し回っていることはきっともう母親の耳には入っている。それはヒビキ家の密偵が城下や地方にたくさん居て、彼らが集める情報はすべてヴィアの許に届けられているからだ。聞き込みをしていたことは彼らの目に入り、直ぐさま報告されているはずだ。





ラクスは王家の大切な姫であり、その身に何かあってはならない。




密偵たちは主であるヴィアから商店街に繰り出す義娘を監視と護衛も命令されていたりする。もちろんラクスは与り知らぬことだ。








「ぁ、の‥母さん」




父親でユーレンには何でもできるヒビキ姉弟だが、母親相手になると滅法弱くなる。


紐で椅子に縛り付けたり、大切にしている薔薇を燃やすぞと脅したり、とユーレンには何でもできるのに、微笑みを絶やさないヴィアには逆らえない。




すっかり小さくなった息子に、ヴィアは肩を竦めた。動揺を必死に押し殺そうとしていても目はきょろきょろと泳いで誰かを捜している。言っても無駄ね、と溜め息をつくとヴィアは執事長に茶を頼んだ。







「?」




「キラ、お茶にしましょうか」






息子が妻を捜しに来たというのは分かっている。こんなに慌てて焦燥している愛息子のためにも答えを早く教えてやりたいが、母として馬鹿息子に一言言わねばならないことがあるのだ。


それには美味しい紅茶とクッキーが必要と判断したのだった。







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