NO NAME
□Y-W
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「――お帰り下さい」
開口一番そう言われ、鼻先で扉を閉められたアスランはしばらく固まって動けなかった。
キラが仕事を休み始めて一ヶ月。
願い通りそっとしてきた。
宰相仕事もユーレンが机に縛り付けられたりしたので今のところ滞りない。
早々に復帰したカガリや、長い旅行から帰って来たヴィアが補佐に回ったからだ。
しかしそろそろが限界だった。
義父は言うに及ばず、国王が騒ぎ出したのである。愛娘の定時報告をしにキラが登城しないばかりが、カガリたちにも様子が知れないというのだ。
レイが誘拐の被害者への慰問という荒業でラクスを訪ねたことへの不満も爆発し、城を抜け出そうとした。
一国の王がヒビキ家とはいえ貴族の屋敷を訪問するための口実もないという諌言に聞く耳を持たないシーゲルに、カガリは限界を感じ、重い腰を上げたのである。
そしてその何とも損な役回りを夫のアスランに押し付けた。自ら様子を見に行きたい気もしたのだが、弟の怒りや仕事のことを考えて夫に任せたのだ。
アスランも休暇を願い出た時の親友の顔をよく覚えている。本当に切羽詰まっていた。
あの時の様子から、今、こうして訪ねるのは本当に危ないのだ。
機嫌を損ねないように、いろいろ土産も持参した。がしかし、そのキラに辿り着く前に、シホによって門前払いを喰らってしまった。
キラの酷い扱いに慣れていても、シホはいつも丁寧だった。それなのに、顔を見るなり、眉を顰め挨拶も無しに帰れ、と言われた。
やぁ、の形で止まっていた手は行き場を失ってしまった。
「・・い、いやいや、いやっ!」
呆然としていたアスランはハッと我に返り慌てて扉を開けた。
どれだけ玄関先で立ち尽くしていたのか、そこにはもうシホの姿はなかった。
エントランスでまた呆けることになったアスランを見つけたのは仕事に戻っていたシホだった。主人夫婦へ紅茶を運ぶ途中だったシホは冷たい瞳で一瞥し、そして重い溜め息をついた。
「し、シホ」
何とも情けない声だ、とアスランは自分の声を聞いて思った。キラに酷い扱いを受けてもシホには味方になってもらおうと期待していたのに。
「キラ様をお呼び致しますので、応接室でお待ち下さい」
勝手に行って待っていろ、ということだ。
いつもなら案内してくれるのに、と思いながら、やっぱり冷たいシホにアスランは何故だか悲しくなった。
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