NO NAME
□Y-T
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「‥‥っ」
美味しい紅茶だった。
シホが自分好みにブレンドしてくれた、大好きな紅茶。
けれど、望んだはずの苦みがない。
「シホっ」
「ラクス様っ」
カップが手から滑り落ち、真っ白なシーツに紅茶の染みが広がっていく。それも気にせずに、ラクスは近くに寄ったシホに縋り付いた。
「シホ、……シホっ」
「・・・」
「違う、‥違うのっ。この紅茶じゃないのっ」
瞳からぽろぽろと涙をこぼし、肩を震わす主人の痛ましい姿にシホは眉を顰めた。
いくら懇願されても、ラクスが望む紅茶はあげられない。あの紅茶は、もう必要ないのだから。
「紅茶、・・魔法の紅茶が欲しいのっ」
「ラクス様」
「ほしいのっ」
これじゃない、と言って泣くラクスを抱きしめシホは髪を撫でる。
今できることは、それしか思い付かなかった。
「――少しお休み下さいませ」
泣くだけとなった主人をベッドに寝かせ、シホは掛布を引き上げた。食欲が減ったせいで体力が落ちているラクスは直ぐに瞼が重くなっていく。
酒が取り上げられた状態のラクスは、心を鈍くすることができない。安寧は眠りの世界だけだった。
「大丈夫、大丈夫です、ラクス様」
「‥‥シ‥‥ホ」
日毎に囁かれる夫の愛は、ラクスにとって苦しみでしかない。
空言ばかりを聞いてきたラクスには、真実には聞こえない。
嘘か本当か判断できなかった。
いまでもキラを愛する気持ちは変わらず在る、けれど、信じることができない。
信じて、また、嘘だったら。
そう考えただけで息さえままならなくなる。
「・・・・き、・・ら」
信じたい。愛し合いたい。
そう、想うのに。
躊躇いが大きくて、苦しむことしかできない。
夫の愛は荊となって心を締め付けていく。傷みに悲鳴を上げて、どこにも逃げれないことを嘆く。
辛苦しかない迷路に迷い込んだまま、ラクスは抜け出れないでいた。
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