TIR NA NOG

□The Previous Night
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(…変わって、ない…な、俺)






――翻弄され振り回される。



何を考えているのかずっと掴めない。






そんな存在が、俺にとってのラクスだった。


ふわふわと世俗離れしていて、妖精という二つ名に共感したこともあった。





平和を訴えているけれど、戦争から遠い場所にいると思っていた。


何かが変わり始めたのは、AAで捕虜になった彼女を助け出した時から。






戦闘停止を呼び掛ける厳しい声。




優しい歌声しか知らなかったあの時、俺はただ目を白黒させることしかできなかった。



その後はいつも変わらない彼女で。余計にわからなくなった。


あの一瞬に垣間見た彼女に再会したのは決別の時、劇場で。






血生臭い世界を知らないはずの、歌を唄っていただけの、俺の婚約者だった彼女はそこにいなかった。




戦争を厭い平和を望む彼女は父親を失いながら、自ら戦場に赴く強さを持っていて。





俺は何も知らなかった。





彼女は優しい、強い。



でもそれも違った。






彼女は強い。俺は彼女の強さだけしか見えていなかった。



弱さを知ることができなかった。







キラに抱き着いたのを見た時に、全てを悟った俺は、自分の愚かさに気づいた。





彼女も弱さを持っている。



そんなことが気付けなかった俺は、婚約者だった彼女に銃を向けた。






彼女のことを嫌悪したことはなかった。好意も感じていた。



穏やかな未来を想像したこともある。





それでも命令に従って銃を向けた。



父親に命じられた婚約でも、感じた想いは俺自身のものだったのに。











「‥ご挨拶は済まされたのですか?」






いつの間にか目の前に立っていたラクスにアスランは目を見開く。


過去のことを思い返して、ボケッとしていたらしい。彼女のこと言えないな、と思いつつ、アスランは頷いた。







「はい」



「ではご報告は?」



「…今から、です」





プラント入りを果たしたたった一つの目的。


その場にまさかラクスが立ち会うことになるなんて思ってもみなかったアスランは、僅かに緊張した。




一度深く呼吸をし、手を緩く握り締める。


ちらりと隣のラクスを見れば、首を傾け促してくる。





アスランは小さく頷くと、二つの墓石を真っ直ぐに見つめ口を開いた。










「…父上、母上。俺、結婚することになりました」




アスランがどうしても墓参りをしたかった理由。それは結婚を報告するためだった。


プラント入りの目的は墓参りだけで、そのままオーブに戻ることになっている彼は明日、神殿で挙式を挙げる。



相手は長年想いを寄せ合ったカガリだ。










「俺はオーブでずっと一緒にいたい、支えたい女性(ひと)と結婚します」





ここまでたどり着くのに起こったすべてのことや、感じた想いが繰り返され、アスランはそっと瞳を伏せた。


オーブのために為政者として成長していったカガリとの恋は簡単なものではなかった。




互いの気持ちだけではどうにもならない、というものを思い知った。



二度目の大戦でオーブが失ったものは大きく、また、とても多かった。


覚悟の顕れか、カガリが指輪を外し着けなくなって何年も時が流れた。


口には出さなくても夢は同じ、目指す未来は同じだと、心を慰め合い、そしてぎこちなくも恋人に戻れた時、アスランはもう十分だと思った。





多くを望み愛する彼女の負担にはなりたくない、支えたい。




アレックス・ディノの時にはできなかったことができる。役立たずな自分をもう歎くこともない。





アスランとしてカガリを支えられることだけでも満足だった。







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