TIR NA NOG

□U-U
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「失礼する、クライン議長」




「こんにちは、“叔父”さま」





ヘンリ・ランカスターは彼女にとって母親の妹の夫に当たる。幼少の頃からの付き合いがあり、気心も知れた相手だが、実に喰えない相手でもあった。








「アスハ代表との会談、お疲れ様です」




「ちょうどお呼びしようと思っていました。オーブから技術者派遣を提案されましたの」




「‥それは、興味深いですな」






ラクスはヘンリの瞳を見つめ、そしてにっこりと微笑んだ。淡い緑黄色の双眸には満足げな色が映っている。



財政界に幼い頃から身を置いていたラクスは、相手の顔の機微には敏感だ。








「対外的にも良案と思いますが」




「ええ。明日、議会で話し合いたいと思います。‥‥ところで、何かご用でしたか?」






ヘンリはラクスの視線に何か感じ一瞬目を細めたが、直ぐに笑顔を貼り付ける。


幼い頃から知っている娘が、ただの娘では無いと知っている彼は、心が見透かされていることくらい承知だ。








「アイリスからの伝言を伝えに来たよ、“ラクス”。今夜は一緒に夕食を、と」





「叔母さまからのお誘い、お断りする訳には参りませんわね」





ヘンリと同じようにラクスは微笑んだ。



アイリス・ランカスターはラクスの母親の妹。



亡くなった母について聞ける唯一の人であり、血の繋がった叔母をラクスは大切にしていた。3年前の戦争時は月に住んでいた叔母夫婦は、ラクスと入れ違いで、終戦後プラントに移住した。






プラントに戻り、議長という職に就いた姪を、叔母も叔父もたいそう気にかけている。






ラクスの住まいとなっているクライン邸を以前のように修築するように指示したのも叔母夫婦だった。






去ってしまった使用人を捜して呼び戻し、家具や庭の草花に至るまで“クライン邸”を再現した。




壊されたことが嘘のように。




過去を払拭するように。







しばらくはホテル暮らしを覚悟していたラクスも、それには大分驚かされた。




慣れ親しんだ我が家に声がでなかった。






書斎の扉を開ければ、そこに父が居てもおかしくない、と錯覚してしまうほどに、完璧に復元された屋敷。







ハロやオカピまで出て来た時は、もう呆れてしまった。忠実に再現された屋敷には、昔からの仕えてくれている執事がメイドがいる。




本当に昔そのもの。





完璧主義の叔母がしたことだと、後から聞かされた時、納得した。








「私は19時には執務を終えるから。今日くらいは定時に終わりなさい」




「はい、叔父さま」






毎日毎日、残業している彼女を心配する叔母夫婦は、定期的にラクスを食事に誘う。









「ルイもラクスに会いたい、と言っていたから喜ぶだろう」





ルイはヘンリとアイリスの息子だった。


ラクスは二つ離れた従弟の顔を思い出し、笑みを深くする。





友人が少ないプラントで、昔話ができる相手は少ない。ルイはアスランとも顔見知りであるため、色々話もできる。









「では、楽しみにしています」





ラクスの言葉にヘンリは頷くと、きびきびとした動作で敬礼をし、背を向けた。



叔父が退出したのと同時に秘書官が書類を運んで来る。






定時に終わらせるべく、ラクスは目の前の書類に集中した。






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