月無夜
□月無夜
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第十七夜《迷ノ夜》
「――こちらでお待ち下さいませ」
ホテルの一室に通され従業員は早々に退室していく。
レストランでの夕食だと考えていたキラは、ホテルの部屋に通されるとは正直考えていなかった。
通されたホテルの部屋も高層階にあり全面ガラス張りで景色も良い。
レストランでの食事よりは静かでいいかもしれない、と思い、まだ来ぬ恋人をソファに座り待つ。
「……ラクス、まだかな」
一人静かな部屋に残されたキラは、ポツリと呟いた。携帯を取り出し時間を確認する。
約束の時間は疾うに過ぎていた。
「――どうしたのかな」
嫌な予感が胸に広がり、キラは短縮ダイヤルを押しラクスのプライベート用の携帯に電話した。
しかし呼出し音も聞こえずに、繋がらないのだとアナウンスされる。
仕事が立て込んでいるのだろうか、とビジネス用の番号にもかけるが繋がらなかった。
「………ラクス?」
じわりじわりと不安が広がっていく。
胸を満たそうとしている漠然とした嫌な予感が、現実味を帯びる。
「っ」
何故だかここにいてはいけない気がした。
この部屋に、ホテルに、いてはいけない気がした。
キラは慌てて立ち上がり、壁に立て掛けていた龍飛に手を伸ばした。
ここから早く立ち去らなければ。
しかしキラの指が龍飛に触れることはなかった。
ロックが外される音が静かな部屋に響き、間もなく扉が押し開かれる。
ドクリ、と心臓が大きく脈打った。
期待と不安。
誰が来たのか。
誰がこの部屋を訪れたのか。
頭の端では解っているのに、期待してしまった。
期待するだけ裏切られた時、辛くなるだけだと知っていながら。
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