憧憬之華
□拾伍
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桜を眺めていて、哀しくなって、いつの間にか眠くなって、ちょっとだけ目を閉じたつもりだった。
それなのに、気づいたら人の気配がして、脳裏を掠ったのは刺客の存在。
危険性だけは十分理解していたけれど、宮廷に入って半年、まったく音沙汰が無くて油断していたのかもしれない。
護られる立場にいないわたくしは、自分の身は自分で護らなくてはならない。
卓子に置いた簪を慌てて手にし、近くまで迫っていた相手と距離を取る。
刺客だったなら、遠慮無く簪を突き付けるつもりだった。
宮廷入りする前、父に託された簪はある細工がしてあった。簪の先には少しでも傷をつければ、大男でも死ぬほどの猛毒が仕込まれている。
宮廷入りに反対しなかった父。
しかしこれだけは持って行ってほしい、そして使うべき時には躊躇せず使ってほしい。
父の願いはこれだけだった。
誰かの命を奪ってまで女官を続ける。
そんな恐ろしいこと、と震えてしまったけれど、言い付け通り毎日身につけていた。
飾り気の少ない簪なんて止しなさい、と同僚に散々言われたけれど、父の願いを無下にできなくて。
でも実際、目の前にいたのは、愛している貴方だった。
見開かれた紫眼が、驚愕から憎悪に塗り潰されていく。
「……な、んで?」
「へ、陛下っ」
美しい貴方の瞳が怒りに憎しみに染まる。
哀しかった。目を逸らしたくなった。
胸が鋭利な刃物で刺し貫かれた痛みを感じて苦しかった。
でも目を逸らせなかった。
このまま後宮を追い出されてしまったら、もう二度と逢うことなんてできない。
どんな姿でもいい。
目に焼き付けたかった。
四年という月日で、美しくなった貴方を少しでも見ていたかった。
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