憧憬之華

□拾壱
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―――――――







イザークは目の前にいる人物を素直に受け止めることができなかった。



白昼夢でも見ている気分だった。

疲れすぎて幻だとも思った。



そう思いたかった。






居るはずが無い、有り得無い。


何度もそう頭の中で復唱した。






最近会ったから、勘違いをしている、ああ、そうだ、そうだ、少し休暇を貰おうカナ、と現実から逃げまくった。







一度目を閉じて、深呼吸。






乱れに乱れた心と頭を落ち着ける。





そうして、次に目を開けた時には、彼女が消えていることを祈って。








「‥‥‥‥」






しかしいくら現実から逃避しても、逃げ切れるものではなく、目を開けた先には昔馴染みの彼女がいる。






叶うなら倒れてしまいたかった。





頭をどこか上手いことぶつけて、数時間の記憶が失くなればいい。



忘れてしまえたならどんなに楽か。




しかし人間、そんな器用にできていない。




簡単に忘れてしまえるのなら、イザークはとっくの昔に主君の頭を殴っている。


殴るだけで、彼女を忘れてしまえるなら、きっとその方が楽だから。




そこまで思えるほど、主の心は目の前の彼女に囚われている。











「…何故、ここに?」





イザークは声を絞り出した。



蓬蓮の地で総督夫人として生活しているはずなのに、何故。


宮廷に、よりによって薔薇宮に、いるのか。





薔薇宮の薔薇姫は皇帝の寵姫と名高く、次期皇后とさえ謂われているのに。




薔薇宮の裏庭で、女官服を身に纏って。






その二つから弾き出される答は。









「――薔薇宮の女官をしております」





最悪の答にイザークは眉に皴を深く刻む。


女官をするような娘ではないはずだ、と怒鳴りたくなった。





クライン宗家の長姫が自分より身分の低い娘に仕えるなど考えられない。





責め立てたい心を必死で押さえ付け、イザークは落ち着いた声で続ける。










「…貴女は蓬蓮総督夫人で、宮廷(ここ)に居るべき方では」




「いいえ。わたくしは離縁され、既に総督夫人ではありません」




「離縁っ?!」




「女官試験に合格し、薔薇宮で勤めることを認められた身です」






ラクスの言葉にイザークは驚愕した。



そんな事実、彼女の長兄の婚礼式の時は匂わせもしなかった。





女官試験に合格したというのなら、あの時は既に候補生として宮廷にいたはずだ。






月日にして約半年。






こんな近くにいながら、今まで気づけなかった。








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