憧憬之華

□玖
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「――よろしゅうございましたね、薔薇姫さま。女官長様が申した所、あの者は首席合格者の特権を放棄してまで後宮に参ったと聞きました」







実家から連れて来た気心の知れた侍女に言われ、薔薇姫は口元を綻ばせた。




数ある側室の中で、一番優秀な女官が宛がわれたということはそれだけ自分が重んじられているということだ。






世間からは寵姫と称され、いずれは皇后にと噂される身である彼女は、後宮を牛耳り、皇帝からの信の厚い女官長に大切にされているという事実は気分の良いことだった。












「昨晩は陛下もお通い下さり、薔薇姫さまこそが皇帝陛下に愛されたご寵姫様だと誰もが申しております。私も鼻が高うございます」




「…そう、ね」







侍女の言葉に御機嫌だった薔薇姫の瞳が一瞬物憂げに陰る。その事に侍女は気づけない。



心を込めて世話をしている美しき主人が、皇后となる姿に興奮した侍女には、薔薇姫の憂いを知らなかった。








寵姫と謂われ、その自覚はあっても、愛されているとは決して思えない薔薇姫の心を、誰も察することができない。




側室の中で一番多く訪れて来る皇帝の真意が、愛でないことぐらい、聡い薔薇姫には解っていた。




しかしそれを口にすることはできなかった。








心を許し、絶大な信頼を寄せている侍女にですら。





薔薇姫の矜持がそれを許さなかった。












「薔薇姫さまこそが、あのお美しい皇帝陛下のお隣りに立つに相応しい国一番の姫君ですわ」






侍女から賞賛を、薔薇姫は憂いを心の底に押し戻して微笑んで受け取る。





皇の証たる高貴な瞳を持った麗しい皇帝。



氷のような冷たさを持った美しい皇帝。








思い浮かべるだけで、薔薇姫の胸を焦がすのは、紛れも無い愛だった。





政略の為と後宮に嫁いで来た薔薇姫は、皇帝を心から愛していた。







だからこそ思い悩む。




寵姫と謂われながら、己を愛していない皇帝に、胸を痛めているのだ。






一度でも愛を乞えば、愛しい男が離れて行ってしまう気がして何も言えない。







皇帝が緋い髪の女官ばかりに手を出していると聞いて、薔薇姫は人知れず涙を流した。





側室の中で緋い髪を持っているのは、自分ただ一人。髪が緋いからこそ、皇帝は抱いていく。







薔薇姫は気づいてしまった。





愛する皇帝が緋い髪の女だけを求めていることに。緋い髪の奥に何かを見ている。




皇帝の心を捕らえて離さない女の存在を感じながら、薔薇姫は歎くのと同時に安堵した。







紫凰国の最高権力者たる皇帝が望んで手に入らないモノなどない。






髪に面影を追うほど求めている者を側に召し上げないのは、よっぽどの事情がある。





もしかしたら、既に死んでいるのかもしれない。










側室という地位にあり、皇帝と同衾する回数の多い自分が、正妻である皇后位に就くことも夢ではない。








皇帝の御子を身籠もれば、皇后位は約束されたも同前だ。







薔薇姫は待つだけでいいと確信していた。





ただ待っていれさえすれば、愛しい男の隣に堂々と立つ権利を得られる。







緋い髪を持つ女官に嫉妬などしない。







皇帝の心を捕らえる者など現れないと、彼女は自信を持って言える。








――三年。





薔薇姫は三年という月日、ただひたすらに皇帝を見つめて来た。




皇帝の心を変える女人など目の前に現れないという自信が、今の薔薇姫の総てだった。









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