憧憬之華
□壱
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「――皇帝陛下、この度の者は如何なさいますか?」
執務室で淡々と公務を熟していた若き紫凰国皇帝キラ・ヤマトは、側近である内官の言葉に首を傾げた。
「…なんのこと?」
「……陛下」
即位して三年。
その時から第一の側近として仕える内官、イザーク・ジュールは毎度のことだと思いながら溜め息を漏らす。
皇帝即位前からの知り合いでもあるイザークの本意からの言動は公式の場では重鎮達から睨まれるであろうが、二人っきりの時は誰にも咎められない。
世嗣の皇太子として宮廷で育たなかったキラも昔馴染みの不敬と取れる言動を気にしたことはない。
昔馴染みの一人である専属近衛武官は、もっと不敬な態度をとるくらいだ。
「イザーク?」
怪訝そうな表情を浮かべる主君に、イザークは咳ばらいをする。
貴族の子息として、仲の良い友人として、また弟として接して来た男が、忠誠を誓った主君になっても言い難い。
変な所で割り切れないイザークは瞳を伏せ、口を開いた。
「こほん。…この度、お手付きになられた女官のことです」
「…それが?」
イザークの口から出た言葉に、興味を失ったキラは再び書類に目を走らせる。
これも毎度の反応だ。
しかし皇帝自らの口から聞き確かめなくてならない。執務室の外では、結果を待つ女官長がいらついて待っているのだ。
「――承恩の特別女官として迎えられるのでしょうか」
特別女官とは皇帝の寵愛を受け、同衾した女官に与えられる地位である。
後宮は皇后を頂点とし、側室、特別女官、女官長、各部署の責任者女官、一般女官、下働きと明確な上下関係がある。
側室として入内できるのは名門貴族出身の純潔の姫だけだが、寵愛さえ受ければ一般女官や下働きでも特別女官として出世できる。
皇帝の御子でも生めば側室として任命されることも可能。
そして皇帝の寵愛次第では皇后の座さえ、夢ではないのだ。
皇后は原則として側室の中から選ばれることになる。純潔でさえあれば、女官でも下働きでも皇后の資格はあるのだ。
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