NO NAME
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適当な部屋に入った途端、アリアに抱き着かれ、キラは重い溜め息をついた。
「――話があるんでしょ?」
かつての恋人に情熱的に抱き着かれても、何も感じない。
キラはアリアを突き放し、冷めた瞳で、見据える。
社交界の華と持て囃される美しい顔も、涙で歪み、醜く見えて仕方ない。
今の自分なら、普通の時の顔を見ても、美しいとは思わないだろう、とキラは頭の片隅で思う。
キラは本当に美しいと謂える微笑みを知っている。
見ているだけで温かくなる、何か優しいモノに包まれているような感覚になる、最高の微笑みを。
特別な、特別な、微笑み。
――特別、今となってはそう、特別な。
でも、昔は、以前は、一年前は。
「――どうしてなの、キラ?」
アリアの震える声が聞こえ、一人思考の渦にいたキラはハッとした。
最近よく余計なことを考えてしまうようになった。
ふとしたことから深く深く、昔のことを、昔の妻のことを考えてしまう。
こんな状況にいても、考えてしまう。
変なの、と思いながら、目の前のアリアを見つめる。
上目で見上げ、何かを強く訴えている視線は絡み付くようで気分が悪かった。
「どうして、私では駄目なの?私は貴方を愛しているのにっ」
「…僕に愛情を押し付けるの?」
昔から愛情を押し付け、求めてくる女はたくさんいた。
キラはそんな女が大嫌いで、一度でもそんなことをされたら、はいさようなら、と早々に手を切るようにしていた。
記憶の中では、アリアはそんなことをするような女ではなかったはずだ。
お互い躯だけの快楽を愉しむ関係で、煩わしいことはいっさい無し。
だからこそ、数ある恋人の中でも、キラは彼女を気に入っていたのだ。
「君は知っているよね?僕はそういうの、大嫌いなんだけど」
「……ッ。だって、あんな女!貴族じゃないと言っていたのよ?!貴方のような人が、何故なのっ?私の方が貴方に…っ!」
「相応しい?君が?僕に?」
「キラっ」
「何の勘違いをしているの?何で君が僕に相応しいと思うのかな」
キラの言葉は熱くなっていたアリアの頭を冷やすには十分だった。
何の感情も篭らない瞳で、淡々と告げて来る元恋人。
恋人の花嫁になるために、誰よりも恋人に相応しい淑女になるために、並々ならぬ努力をした。
そしてその自信もあった。
彼の恋人たちの中で、誰にも負けない美貌、教養、礼儀作法。
家柄は国有数の名家で、親類には名高い侯爵家もある。
国唯一の公爵家の花嫁候補として、恋人たちの中でナンバースリーまで上り詰めた。
キラとの相性も抜群。
その事実があってもアリアは努力を惜しまなかった。
なのに、たった今、その総てを、恋人に、否定された。
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