絶対零ド
□絶対零ド
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和平使団の中にそれらしい人物は一人いた。
文官でも武官でもない、一団の末席にいた気が弱そうな青年。身につけている物は貴族らしいものだった彼。
彼が大使の役目を担うばかりと思っていたのに、紹介されたのは十貴族の一員。
シン・アスカが紹介された時、青年は驚愕していた。
きっと予定にないことが起こったからだ。
予定だった大使のお披露目の主役が自分ではない、彼。
「――ファン・アスカ卿、ね」
十貴族は家名の前につけるのは、“ファン”ではなく“ディア”であったはずだ。
異例として列せられたのだから、アスカだけが違うのかもしれないが。
「皇子殿下、刻限でございます」
静かだった執務室に、滑るようにしてマントを羽織り正装した近衛兵が入って来た。
キラを前にすると慣れたように膝を折り、恭しく頭を下げる。
「ミーア姫様もお待ちです。第一神殿まで私めが付き従わせていただきます」
報告書を箱に仕舞ったキラは、迎えに来た近衛の顔をよくよく見てみる。
見てみれば、皇宮をよく抜け出していた時にしつこく根気よく追いかけて来た、見知った近衛兵だった。
抜け出すことがなくなって以来、すっかり絡むことがなかった彼。実に久々だった。
半年ぶりくらいだ。
「……なんか、鼻声だね」
「――ご立派です、殿下ッ」
頭を垂らしながら、時折鼻を啜る音が混じる。彼は確かに感涙していたのだ。
「やんちゃであられた殿下が、このように…っ。このようにッ」
彼の言いたい事は、まあ、解る。
皇宮を抜け出して、数日帰らないこともざらだった僕が、抜け出すことを止めて真面目に皇子として役目を果たし、妻を迎える日が来た。
僕は、確かに、変わった。
彼が感動して涙を流すくらいに。
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