NO NAME

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小さな庭。


小さなボロ家。


壊れた門扉。








ラクスは今までこんな廃れた家を見たことがない。実家の厩のほうがまだマシな造りをしているとさえ思った。

















「………ここは、どこですの?」








人が住む家だと、信じられなかった。





商店街にある出店のような、突貫でできるような、そんな家屋だ。











「え?君が来たかった所でしょ?」




「……人が住めますの?」




「いやいや。失礼だよ、ラクス」









真剣な瞳で尋ねてくる妻に、キラはニッコリと微笑む。ラクスがよく見たことがある建造物といえば実家と、ヒビキの屋敷と、カジノぐらいで、商店街に繰り出すようになってまだ半年。目を疑うような建物には免疫がなく、衝撃はもの凄かった。
















「ヒビキで寄付をしているのではなかったのですか?!」










あまりの酷さにラクスは驚愕し、施しをしていたのではとキラに食いついた。














「寄付してるけど、いったいいくらだと思ってるの?君がカジノで注ぎ込むほうが多いと思うけど」





「なっ!ヒビキはそんなにケチなのですか?たったあれっぽっち!」











彼女の金銭感覚はズレている。
キラをはじめ、ラクスを知る者はすべてが知っていることだ。














「……あれっぽっちって、僕の一ヶ月の給料だけどね。ここにはちゃんと、“普通”の額の寄付を行っているよ」









苦手な机仕事を我慢してやって、ようやく手渡される給料を妻にあれっぽっちと言われ、キラは肩を落とした。









苦労して稼いでもラクスが根こそぎカジノや賭博に遣ってしまうため、今では財布が五つ以上存在している。ダミーをいくつも用意しとかなくては、食べ物にも困るし、家の修繕費が無くて、とんでもないことになる。









これ以上、ご近所さんから変な目で見られるのは真っ平なキラは、シホと二人で生活費だけは守るのだ。







普段ラクスの味方のシホも、生活費がなければ生きていけなくなる為に協力してくれる。



















「普通とはなんですか!!」






「みんな、知っている、ということ」










似たような会話もつい先日したな、とキラは頭の隅っこで思う。というより、結婚して一年、ほぼ毎日繰り返される会話だった。






ラクスの世間知らずは筋金入りなのだ。
















「ほら、それより、用があるんでしょ?とっと済ませて帰ろうよ。僕お腹空いてるんだよね」













昼食を食いっぱぐれたキラは、ぐぅぐぅと鳴き声を上げる腹を撫でた。夫の言葉に目的を思い出したラクスはハッとする。







ボロボロの家について討論している場合でなかったことを思い出し、孤児院の敷地に足を踏み入れた。




















「・・・・・・・」





小さな、お庭。



でもそれでも、花壇があって。



お砂場があって。遊具があって。



子ども達が、楽しそうに笑いあって。



笑顔で、走り回って、じゃれあって。








―――幸せそうで。














「………ラクス?」





威勢良く孤児院へ入って行ったラクスが急に立ち止まり、キラは不思議そうに妻の顔を覗き込んだ。














「どうしたの?」





「‥‥‥いえ」










キラに顔を覗き込まれ、ラクスは正気を取り戻した。夫に表情を見られないように俯き、足を進める。












「?」






「――キラっ!ついて来なさい!!」









まだ首を傾げていたキラだったが、先に進んだ妻の大きな声に、気のせいか、と自己完結させ孤児院の建物に足を踏み入れた。








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