NO NAME
□T-Z
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「承知致しました。我々は“落とし物”を届けに来たということで」
「キラ様っ!」
ケリーは耐えていた涙をこぼした。
シンも肩を震わした。
「お、おれっ、キ…ラ…様っ」
「さあはやくお帰り下さい。子どもたちが待っているでしょう?」
良いシーンだった。
過ちを犯した領民を慈悲深い領主が赦す、そんな小説にもでてきそうな涙を誘うシーン。
そんな感動なシーンを目の前で繰り広げられ、普通ならハンカチを目許に押し当てるだろう。そう、
“普通”なら。
しかし、“普通”な住人は、この屋敷には住んでいなかった。
―――――バキィっ
「ぐっ!」
「何を勝手に話を終わらせていますの?」
キラが脇腹を押さえて呻いた。
「なぁに?貴方だけ良い人ぶって!!“僕はこんなに懐が広いんだ”っというアピールですの?!この、偽善者ッッ!!!」
――――ドカっ!ドカッ!!
「いたっ、痛いッ!ラクスっっ!!」
キラは細いラクスの腕を掴んだ。
ラクスは唇を噛んでキラを睨み上げる。
――――――ガッ!!
解ってくれた、とキラは油断した。
ラクスは渾身の力で夫の脛を蹴り上げ、部屋から飛び出した。角に控えていたシホが後を追う。
「‥‥‥あ、の、大丈夫ですか?」
脛を押さえて痛みを堪えているキラにルナマリアは恐る恐る声をかける。
「………大丈夫。これくらい慣れてるよ」
キラは必死で笑顔を作る。
しかしルナマリアにはヒクヒクと引き攣っているのが見えていた。
「慣れてる、て」
ルナマリアは唖然として呟いた。
“あの”キラ・ヒビキが、妻に蹴られ慣れているという事実に一瞬仕事ということを忘れてしまう。
「―――ケリーさん。早く帰ってあげて下さい。きっと子どもたちがお腹を空かせて待っているよ。これは、シン君の肩の手当てに使ってあげて下さい。そんな深く刺さっていないから、きっとすぐ治る」
キラはケリーにシホが用意した治療セットをそのまま渡した。有能なヒビキ家の使用人のシホはちゃんとお持ち帰れるように準備してある。
きっとラクスが我慢ならずに部屋を飛び出すということを予期していたのだ。
「ルナマリアさん、だっけ。二人を送ってあげてくれる?」
「は、はいっ!」
キラはドアを開けた。
そのまま長い廊下を歩き、階段を下り、玄関まで案内した。
「――じゃあ、ルナマリアさん。二人をよろしくね」
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