NO NAME
□T-X
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だらりと力無く垂れた腕の持ち主は、ベッドに俯せになって死んだように眠っていた。
一糸纏わぬ姿でシーツは腰の部分までしかかかっておらず、シホを眉を顰める。
起床の時間になっても主人から声がかからないのを心配して、寝室に足を踏み入れたのだが、仕方のないことと納得した。
ノックの音にも目を覚まさなかった主人を気遣い、シホはカーテンを開けるのを止めると、浴室に湯を貯めることを急遽決め、寝室から退出する。
一年前主人の伴侶となった館の主、キラ・ヒビキは既に用意した朝食に手をつけている。
湯を沸かす準備をしながら、今日使う主人のドレスを選ぶ。髪も洗わなければ、とタオルもたくさん用意した。
普段ラクスの湯浴みはシホが手伝っている。
というよりは、ラクスの世話は全て、シホの仕事だった。
もともとラクスの侍女をしていたシホは、ヒビキ家とも縁があり、彼女が結婚してもこうしてついてきたのだ。
昨夜はキラの気まぐれでシホはラクスを風呂に入れられなかった。キラが自分ですると言ったが、面倒くさがりの彼が、ラクスを丁寧に洗ったとは思えない。
もし洗っていても、ラクスは汚れたままで放置されていたのだ。汗や体液で、きっと気持ち悪いだろう。
何度か浴室を出たり入ったりし、ようやく湯がたまる。この屋敷の使用人はシホただ一人なので、彼女の毎日は大変忙しかった。
熱めの湯を浴槽に貯めたシホは、寝室をこっそりと覗いた。無作法と咎められるかもしれないが、もしかしたらまだ眠っているかもしれない主人を起こしたくなかったのだ。
案の定、先程と何も変わっていない。
熱めに入れといて正解だったわ、と小さく呟いたシホは、朝食を終え、書斎で仕事をしているであろうキラに紅茶を運ぶ。
給仕し終えると、速やかに退出し、朝食の後片付けをした。
――――シャッ
雑務を終えたシホは、主人の寝室に入り、カーテンをゆっくりと開けた。
暗かった室内に眩しい太陽の光が差し込む。
固く閉ざされていた主人の瞼が、ゆっくりと開いた。
「……ん、まぶ、‥し」
少し掠れた声でラクスが呟く。
「おはようございます、ラクス様」
シホは柔らかく微笑んだ。
「ああ、おはよう、シホ」
シホの姿を目にし、まだ寝ぼけているラクスはふわりと微笑む。その微笑みは、噂される“ヒビキさんちの、ラクスちゃん”のものではない。
久しぶりのその笑みに、シホは不覚にもときめいてしまった。ただ単純に、その美しい笑みに見惚れたのだ。
「――ラクス様、湯浴みの準備ができております。参りましょう」
「……手を、貸し、てちょうだい」
ラクスは起き上がろうとした。
がしかし、腰に力が入らなかった。
久しぶりの感覚に溜め息をつくと、シホに手を伸ばす。
「お気をつけ下さいませ」
シホに支えられながら、ラクスは浴室まで歩いて行った。
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