絶対零ド
□絶対零ド
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「おい、お前、大丈夫か」
が、無粋な男声に、壊される。
ラクスは閉じかけていた瞼を押し上げ、安らかな眠りさえ赦されないのかと思った。
「――具合、悪いのか?」
視線だけで相手を探していたため、なかなか起き上がらないラクスを心配した男は近寄って来る。
仕方なくラクスも起き上がったが、男は彼女の目の前で膝を折っていた。
ラクスの碧眼が見開かれる。
男の瞳に吸い込まれた。
血よりも尚、濃い。
赤紅。
ラクスの碧眼とはコントラスト。
紅眼。
獣のような荒々しい野心の焔。
「………ぁ」
ラクスはキラの瞳以外に言葉を失ったことはなかった。キラの瞳以外に、綺麗だと思った瞳はなかった。
キラとは違う美しさを持った双眸に、鳥肌がたつ。
危ない瞳。
底知れない野望と残酷の色。
「―――おま……第一皇女?!」
夜目に慣れていた男は目の前の人物の正体に気づいたのか、驚愕に目を見開いた。そして直ぐに、危なく光らせる。
「…な、に…者で、す」
正体を知られたラクスは冷静さを取り戻し、ローブの下に隠し持っていた短剣の柄を掴んだ。
「――ふん、聞いていた通り」
「……?」
短剣の存在に気づいた男は、口の端を上げ、一歩後ろに下がり、再び跪づいた。
「――大変失礼致しました、皇女殿下。俺…いえ、私はエピリアから参りました、シンと申します」
「エピリアの文官ですか?」
「……、はい」
武官としでも通りそうな荒々しいシンをラクスは深く観察する。
闇色の髪に特徴的な紅眼。
一文官が着るよりも上等な、大貴族や王族が着ていても可笑しくない衣装を身につけているシンに不信感が募る。
滞在中の国の皇女に堂々と嘘をついてみせるシンを、面白いとさえ思った。
「――少し、お話致しませんか」
話してみたい。
ラクスの素直な気持ちだった。
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