月無夜
□月無夜
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第八夜《離ノ夜》
「もう、一年になりますか。クライン家虐殺の事件は」
アスランの言葉に、ラクスは瞑目した。瞼を閉じるだけで、今でも過去の出来事が鮮明に蘇る。
ホワイトシンフォニーのバラ園は血で染まり、屋敷の所々も血に濡れていた。
多くの使用人や親族が殺され、父シーゲルも失い、たった一人の姉ミーアすらも行方不明。
ラクスは天涯孤独になった。
「俺の国でも大騒ぎでしたよ。クライン財閥のトップや経営陣のほとんどが何者かによって惨殺。新しい総帥の座に座ったのが、俺と同い年の女の子」
思い出したくもない過去が次々と蘇り、ラクスの血の気が引いていった。
ラクスは小さく震えるが、アスランの前から逃げることはなかった。
「しかしもっと驚かされたのは、クライン財閥を乗っ取ろうという動きも多かったのにも拘わらず、そのすべての会社を吸収してしまった新経営者の手腕」
「…………」
ラクスはすべての言葉を受け止めることを選んでいた。
すべては呪いなのだ。
自分が生きていたから、家族や親類、たった一人の姉すらも不幸の淵に陥れてしまった。
生きている以上、贖いをしなくてはならない。
キラと生きると決めたのだから、どんなに傷ついても、どんなに血を流しても、それを甘んじて受ける。
「ですが、可笑しいですね。今、四神の主は三人。朱雀の主、貴女の姉君は生きている」
姉、という単語にラクスは真っ青になった。青の瞳を揺らし、膝を震わす。
「…貴女と姉君に、何があったのですか?」
俯いていたラクスの顎を持ち上げたアスランは、鋭い翡翠の瞳で青い瞳を捕えた。
「教えてください。カテゴリーAとなった貴女の姉君のことを」
「……ッ」
息が顔にかかるほど二人は近づいていた。ラクスは青白い顔で震えることしかできない。
「――手、出したら、殺す。確かに言ったよね」
凍りつくような殺気にアスランは固まった。首裏に宛てられている刀の刃先を感じ、冷や汗が筋を作って流れる。
「白虎の主でも、殺すよ?」
「……少々、お遊びがすぎたようですね」
アスランはラクスから手を離すと、ニッコリと甘く微笑む。
「カテゴリーAを殺すのは俺。貴女の姉も無論殺します。そして四神の…」
一瞬、アスランの瞳に憂いがさした。
悲しくて、哀しくて、辛くて、痛くて、淋しくて。
胸を締め付けられ、アスランは眉を寄せた。思い出すだけで涙が出そうになる。
「――ああ、言い忘れたていた。俺もアークエンジェルに入りました。これからよろしく」
紳士的に微笑んだアスランは殺気を放ち続けているキラの横を通り過ぎる。彼から流れ出た殺気に、キラは龍飛を握る力を緩めず、アスランの足音が消えるまで緊張を解かなかった。
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