宝箱
□BlueWords
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『TE・BU・RA』
とある二時間ドラマの打ち上げの席にて、聞こえてきた言葉に蓮は内心で首を傾げた。
文としては理解できた。
一つ一つの単語も理解できた。
しかし、その意味が分からない。
高めの年齢層を狙ってのドラマであったから、役者もスタッフも若手が少ない。
出演者の中でいちばん若いのは主役の娘役を演じた京子で、その次が蓮だった。
そのせいかどうか、二人は今、並んで座っている。
最初の頃は挨拶やお酌に回ったので話もしなかったが、こうして席順もバラバラになる段になれば、することもない。
目立って酔っ払いに構われないよう、ひっそりと杯を重ねるのみである。
「ねえ、最上さん」
「はい?」
「さっきの会話、聞こえてた? あの、監督たちの集団の」
「え……あ、はぁ、まあ」
「意味、分かる?」
「え、えぇっ!?」
監督と主演男優と、幾人かのスタッフ。
彼らが熱心に話していたのは、『女にそそられる瞬間』とやらで。
まあ酒の席だし、それほど際どい話でもないし、気にも留めていなかったのだが。
不意に耳に飛び込んできたのだ。
「手ぶらにグッとくる」
と。
手ぶらとは、手に何も持たない状態のことのはずだ。
いつだったかドラマで、「手ぶらで帰れるか」というセリフがあり、調べたことがあるから間違いない。
しかし、それにグッとくるかと言われると……別にこない。
女性は、だいたいの場合、ハンドバッグなどを持つだろうし、それもファッションのうちだろう。
それがないほうがいい、と言われても。
個人の嗜好と言えばそれまでだが、それにしては賛同する声が多いのだ。
「最上さん、手ぶらがいいって、意味が分かる?」
「あ、……はぁ。その、モー子さんに借りた雑誌に、そんなのがあった、ような」
「へぇ?」
雑誌に載るほどメジャーなのか。
よく分からないが、手荷物のない状態の女性をそんなにまじまじ見たことはない。
そのつもりで見れば、その軽装さが親しみやすいとか、あるのかもしれない。
「ふぅん……手ぶらねぇ」
じぃっとキョーコを見て考える。
今日は白のハンドバッグを持っているが、それがなかったとして……
「あ、あの、敦賀さん?」
「ああごめん。今ちょっと最上さんで想像してたんだけど」
「えっ!? そ、想像って……!」
ドッカン、と音がしそうな勢いでキョーコの顔が赤くなる。
アワアワと落ち着かない様子で、蓮を挟んで向こうにいる社に目線を送っている。
それにつられるように見てみれば、何故か真っ青な社がいた。
「どうしたんです、社さん」
「え!? いや、」
「何かありましたか?」
「やっ、その、お前は何を言ってるのかな、とかな!?」
「何をって……手ぶらの何がいいのか、考えてたんですが」
「キョッ、キョーコちゃんで!?」
「ええ」
それが何だろうと思いつつ、再びキョーコに視線を戻す。
「うーん……よく分からない」
「なっ! そ、それは、私が乏しいとでも!?」
「? 乏しい?」
何がだろう。
バッグの値段とかだろうか。
機会があったらバッグをプレゼントしよう。
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。やっぱり想像だけじゃうまくつかめない」
何やら真っ赤な顔でぷるぷる震えているキョーコを不思議に思いつつ、背後から感じる社の真っ青な視線も不思議に思いつつ、それでも蓮は言ってしまった。
「ちょっとやってみてくれる?」
「いっ、いやぁぁぁぁ! つっ、敦賀さんのムッツリー!!」
「れっ、蓮、なにを………うっ」
真っ赤な顔でぷるぷる震え涙すら浮かべたキョーコは悲鳴を上げて走り去り、社はガタガタ揺れてからバッタリ気絶した。
「社さん、どうしたんですか」
走り去ったキョーコが気になるが、背中にもたれるように倒れ込んできた社をどうにかしないと追うこともできない。
しかも、見てみるとしっかり蓮のジャケットを握り込んで気絶している。
「社さん、」
できるだけソッと床に寝かせてから頬をぺちぺち叩いてみると、すんなり覚醒してくれた。
目を開けたかと思うと、すごい勢いでガバッと起き上がる。
「れっ、蓮っ!」
「はい?」
「お前! 分かってなくて言ってるんだよな!?」
「何をでしょう?」
「いやっ、だから!」
そうして蓮は、社から『手ブラ』の意味を教えられ。
「……ッッ!」
先程の社に負けず劣らず真っ青になると、キョーコを追って猛然と走り出ていった。
手ぶら。
手に何も持っていないこと。
手ブラ。
下着を外した状態で、女性が手で胸を隠すこと。
「最上さんっ」
「こっ、来ないでくださぁぁぁい!!」
「いや、話を、」
「敦賀さんのムッツリー!!」
おわり。
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チャットでとうかさん、EMIRIさんとの話の中で出てきたキーワードをとうかさんにまとめてSSにしていただきました。
みけは絵当番。