宝箱

□うめ倉庫
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車を降りた社さんに軽く会釈をしてウィンドウを上げる。
「それじゃ、失礼します」
「おう!いつもごめんなぁ、明日はゆっくり休んでくれよ」
「そうします」
じゃあ、また明後日な。と帰路についた背中を確認してアクセルを踏み込んだ。



『ベイビードール』


逸る心を宥め賺しながらハンドルを切る。
晴天に恵まれ、順調すぎるペースで終えたロケ。
せっかく明日はオフなのだからと引き止める面々を曖昧にかわしてきたのは、
どうしても家に帰りたい理由があったから。

ちらりと見やった時刻は、疾うに零時を過ぎている。
…今頃は、さすがに夢の中、かな。

つい最近、やっと一緒に住み始めた愛しい彼女。
念願かなって、と言いたいところだが、お互い仕事に忙殺されてふたりの時間を満喫することも侭ならない。
だから、今は少しの時間すらも惜しいのだ。
早くあの娘が待つ部屋へ帰りたくて。
無防備な寝顔に、癒されたくて。

ただいまのキスをしたら、起こしてしまうかな?

そんなことを考えて、そうしたらおはようのキスもしよう。と緩む口元を押さえる。
今自分はどうしようもなくだらしない顔をしているだろう。
でもいいのだ、幸せだから。


***


そっと静かにドアを開けてただいまと呟いてみるものの、やはり室内は静寂に包まれている。
最低限の照明すら点けていないのは倹約家の彼女らしい。
極力音を立てないよう気を配りながら寝室に這入ると、ちいさな寝息が聞こえてきた。
「ただいま、キョーコ」
ベッドサイドの明かりに手を伸ばす。
点したひかりに照らされ、仄かに色づく上気した肌。
さらさら零れるまっすぐな髪を指で梳き、額に軽く唇を寄せた。

顔をあげた刹那、ふわりと甘く馨る空気にうっとりと目を眇め。
不意に泳がせた視線の先、何か小さな塊が見えた。
「…?」
枕の影でよく見えず、ライトを少し調整して。
手に取った“それ”に思わず見入ったのと、彼女が僅かに身じろぎしたのがほぼ同時の出来事だった。

なんだろう。
明らかに見覚えがある、この服装と、髪型と、顔立ち…
「う…ん、 あ、れ?つるがさ…?」
「ただいま、キョーコ。起こしちゃったかな?」
寝ぼけ眼をとろんと潤ませながらちいさく突き出す唇におはようのキス。
「ふぇ?きょう、ろけ…」
「ああ、進捗がよかったからね、キョーコの顔が見たくて帰ってきたんだ」

『ごめんね、さみしかった?』

(おそらく)“俺”人形の手を合わせ、お辞儀をさせると。

「え、   …っあ、 きゃぁぁーーーーー!!!」
怪訝そうに呆けた顔は瞬く間に真っ赤になって。
すばやく伸びた腕がものすごい勢いで人形を引ったくり、そのまま布団に潜り込まれてしまった。


* 

「キョーコ、そろそろ顔を見せて?出てきてくれないかな?」
「むむむ無理ですぅぅぅ!!」
くぐもった悲鳴に合わせてもぞもぞと動く塊。
きっと布団の中でぶんぶん頭を振っているに違いない。
「あんな、はずかしいところ見られてたなんてぇぇ!!もうわたし消えてしまいたいですー!!!」
「なんで恥ずかしがるの?」

キョーコは、なかなか俺に甘えてくれないから。
さびしがるようなそぶりを全く見せてくれなかったきみが、俺の人形を抱いて寝てくれてたなんて。

「俺は、嬉しかったんだけどね?」
宥めるように布団をたたくと、恐る恐る顔が覗く。
「…こどもみたいって、思わないんですか」
あぁもう。
泣きそうな顔で見上げてくるのがどうしようもなく可愛くて仕方ない。
「きみがメルヘン思考なのは昔からだろう?笑ったりなんてしないから、出ておいで?お姫様」
気持ちふくれながら、もじもじと布団を掴む手を引っ張って手繰り寄せる。
「きゃっ」
胸板にすっぽり収まる華奢なからだを抱きしめた。
「俺も、キョーコが足りなくて寂しかったよ?」
だから今夜は、本物の俺を抱いて寝てほしいんだけど、どうかな?
じんじんと熱い耳元にそっと囁く。

こく、と微かに頷いた拍子に、さらりと髪が頬を擽った。








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