宝箱

□夏の思い出
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LME恒例。

納涼会が盛大に社長宅で行われたある夏の日。
去年までの俺なら嫌な顔はおくびに出さずとも、義理の付き合いの部分がどうしても大きく、気分も沈みがちだった訳なんだけど……。

彼女がいる。
ただそれだけで世界は変わる。
色鮮やかに。

もう、かなり―――――、重症だとは自覚済み。

夏の初めに付き合いだしたばかりの俺達。
まだ口付けさえも交わしてない二人。
会って、話して、じゃれ合って。
時間を共有するだけで至福を感じる淡い関係。

まだ幼い彼女のペースを乱さないように。
始めたばかりの恋をゆっくり進んでいけるように。
ともすれば暴走しそうな己を諌める事は忘れない。

それは満ち足りているような……。
どこか欠けているような……。

きっと想いを自覚したくせにヘタれまくって踏み出せず、悶々としていた頃の俺が聞いたら「贅沢モノ!」と一喝するであろう奢った悩み。

昨晩、二週間に及ぶ海外ロケから帰ってきたばかりの俺は確実に“最上さん不足”に陥っていたのを、相変わらず聡いマネージャーに遊ばれつつも、かなり今日この日を楽しみにしていた。

仕事を終えて社長宅へ到着するとゲストルームに案内され、各自へ用意された浴衣を着付けてもらう。
今年、俺はモスグリーンのしじら織り、社さんは白絣で知的な彼にお似合いだ。

着替えて会場へと足早に移動すると人込みの中、ほどなく彼女を発見した。
何処にいても、どんな雑踏の中であっても、俺は彼女をきっと探し当てることが出来るだろう。

入り口に背を向けていた彼女が気付くより先に、彼女の親友が俺達を認知したらしく、意味ありげにニッコリと微笑み一言二言発して移動させた目線を追うように彼女が振り返った。

―――半月ぶりの、最上さん。

知らず上がる口角を制御しつつ、不自然じゃない速度で近付き、さり気無く挨拶をする。……意識しまくりの自分が滑稽だ。

「ただいま」
「……おかえりなさい」

はにかむ笑顔。
たったそれだけでぽっかり開いた穴が埋まるような。
乾ききった喉が潤うような。

しばし何も言わず、……言えず、その姿を目に焼き付ける。ピンクの格子柄の浴衣にオレンジの帯が映えて、なにより凛とした佇まいが美しい。

「…………可愛い…」

他にいくらでも形容のしようがあるだろうに、それだけしか言葉に出来なかった俺。その様子をニヤけながら物言いたげに眺める社さんと琴南さんの協力もあって、ほどなく会場を抜け出し二人きりになれた。

勝手知ったる社長宅。
間もなく始まるであろう花火の絶景ポイントへ案内する。テラスへ出て満天の星空を二人で見上げる。

先程までの喧騒はどこへやら、突如訪れた静寂を破る術もなく、もしかして二人きりになったのは間違いだったかもしれない……ぼんやりと脳裏をかすめる中、甲高い音が長く尾を引き光の洪水と共に爆音が轟いた。

「うわ〜〜〜!きれい!!」

夜空を彩る大輪の花達を無邪気に愛でる彼女。
………の横で邪念を抱く俺。
彼女の肩が触れそうな、左半身に熱が帯びる。

「………花火…………見ないんですか?」

気が付くと俺は最上さんを凝視していたようで。
困ったような上目遣いで問われた。

「見てるよ」
「花火はあちらです!」

少し頬を膨らませ、空を指差す姿が可愛いらしい。

「ちゃんと見てる」
「敦賀さんがご覧になっているのは、不肖ワタクシ、最上キョーコめの顔だと……」
「君の瞳にちゃんと映ってる」

覗き込み見つめ、そして肩を抱き寄せ、そっと―――。
………唇に唇を重ねた。

まるで小鳥のような。
啄むだけの。

「…………………………つ、るが…さん、今……」
「ん?」
「何を…………………………」
「何って……………………………………キス?」

陥った状況、耳から入った情報。
それをゆっくりと彼女の脳が処理しているらしく、全てを把握した瞬間真っ赤になって俯いてしまった。

「す、す、す、すっっっ!!!」
「…“す”?……キ“ス”からのしりとり?」
「違います!!!!! すっ、するならするとっ!!ビックリしたじゃないですかぁあぁぁぁっっ!!!!!」

涙ぐみ、抗議の声さえ天使の囁き。

「そうか、……言えばいいんだ」
「な、ちが………っ」
「キス、するね」
「あ、ぅ、えぇっ!?!?!」

花火が頭上で咲き誇り一瞬だけ煌き舞い散る中。
ほんの少し親密になった二人。

震える痩躯を抱きしめながら。
一つ手に入れるとその次を求めてしまう浅ましい俺。
際限なく湧き上がる欲望を押さえ付け。
それでも彼女へ一歩近づけた幸せをかみしめる。



この夏の想い出。

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