戦国小説

□未練
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戦場

血の匂い

折れた武器

倒れた兵士





(ああ…良かった。もう充分、時間を稼いだ。竹千代様が逃げられるだけの…)




荒い息が止まらない。口の中は鉄の味がした。片目は潰れて、指はいくつか千切れていた。多分近くに落ちているのだろう。
胸の骨が砕けて、恐らく肺に刺さっている。正直息をするたびに辛いが、息をしなければ死ぬ。そして、このまま息をし続けても死ぬだろう。

しかし、血反吐を吐いても、それでもなお、




(ここから先は通さない。死が、もう避けて通れぬなら、竹千代様の敵を、生きている内に、1人でも多く…!)




剣を振るう。もう味方は殆どいない。それでも逃げる素振りすら見せず、鬼気として迫る侍。その気迫に怖じ気づく敵兵が1人2人と倒れていく。満身創痍で立っていることが不思議であるはずなのに、それでも手に持つ武器は力が衰えることなく、敵の肉を断ち、骨を砕き、命を切り取っていく。
出来上がっていくのは、死体の石垣と血でずぶ塗れる鬼人。

もう戻れない。ここで果てるまで。




(それでもいい。竹千代様を守れたなら)




それは鬼人となった男の最後の願い。








でも








ふと周りを見れば、敵兵士が一斉に弓を構えるのが見えた。いつの間にか自分しか残っていなかったらしい。最後の1人に引導を渡すべく、弓が引かれる。怪我が酷すぎて避けられない。元より立っているのがやっと。鎧や武器だけで防ぎきれる数でもない。このままでは確実に死ぬ。




(死ぬのは構わない………でも、あいつを置いて…?)




自分にとって、おそらく竹千代の次に大切だったもの。

いつも笑っていつも泣きついていつも喋っていていつも傍にいていつも、自分を愛してくれた人




(忠次……?)




ああ、置いていってしまう。あの男だけ残して、自分はいってしまう。自分は竹千代を守れればそれで良かったはずなのに。




(何故だろう。忠次の顔ばかり思いだしてしまう。これは、もしかして、俺の)





「撃てーーー!!!」



弓部隊の一斉射撃。その合図の声よりも速く、自分の身が貫かれるのを感じた。喉に肩に腕に足に心臓に頭に。
生きていく上での重要な器官が次々と潰されていく。




(死ぬ?…でも、俺は忠次に)




まだ何も伝えていないのに。




(伝えたいことを、まだ何も。なのに)




それなのに、自分は死んでしまうのか?




倒れる体。受け止める者はいない。身体中から流れる血で、大きな血溜まりができていく。仰向けに倒れた目に映るのは、雨が降りそうな曇り空。今にも泣きそうな曇り空。
貴方をまた思い出してしまう。
いつも貴方は雨の傍で泣いていて、それを自分が慰めていたのに。




(俺が居なくなったら、あいつは…)




それは、鬼人となった男の、最後の未練。







「っ…(ただ…つぐ……)」






その声は音になることもなく、か細い空気の流れでしかなくて



それでも届きますように


自分の最も愛したかった人







ああ、嵐が近い












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