オリジナル
□Cruel moon〜9〜
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競技の方は順調に進んでいた。
とりあえず、100M走も、かろうじて1位をとることができた。
団体競技も終え、残すは昼からのクラス別対抗リレーだけだった。
「どうしたの?さっきから、キョロキョロして」
香織に訊ねられ、凛子は、ため息をついて答えた。
「お兄ちゃんがね・・・体育祭、見に来るって約束してたんだけど・・・」
中学までは必ず、忙しい両親の代わりに運動会を観に来てくれていた樹だった。
それに、高校の体育祭は、ほとんど父兄は観になど来ないから、来なくてもいい、と断ったのに、行くと言ったのは、樹の方だった。
それほど広くないから、来ていれば、すぐにわかるはずだった。
昨夜、樹は、凛子が戻ると、ただ抱きしめるだけで、それ以上、凛子を問い詰めることもなく、2階へ上がったまま降りてこなかった。
朝も朝食の時間には起きて来ず、心配していたのだが、約束を破るような樹ではない。
必ず、来てくれると信じていたのだが・・・・・・。
「ん〜何か急用があって来れなくなったとか?」
「あ、携帯は?連絡してみれば?」
「それが・・・・・家に忘れてきちゃって」
今日に限って携帯を自室の机の上に置いて来てしまったのだ。
凛子は弁当箱をしまうと、立ち上がった。
「わたし、ちょっと見てくる!」
「でも、後5分で集合かかるよ。あ、ちょっと・・・凛子!」
香織が自分を呼び止める声が聞こえたが、凛子は構わず、走りだした。
だが、結局、樹は見つからず・・・凛子は、仕方なく校庭の集合場所に戻った。
すでに、応援合戦が始まっている。
それを見るともなしに見ていると、総一郎が女の子たちと楽しそうに喋っているのが見えた。
嫉妬しているわけではない。
彼は、たとえ、付き合ったとしても、自分だけをまっすぐに見てくれることなどないだろう。
そんなこと、百も承知で、付き合うことを決めたのだ。
いちいち嫉妬してたら、身がもたない。
・・・・・・不安なのだ。
誰にも本気にならない男を自分が本気にさせられるとは思えない。
だが、ほんの少しだが、期待してしまう自分もいる。
ただ、躰目当てなら、わざわざ、凛子のような面倒くさい相手と付き合おうとするはずはない。
彼のまわりにたくさんいるだろう女の子たちと好きにやればいいのだ。
(それなのに、なんで?)
やや伸びた後ろ髪が肩にかかっている。
染めているわけではないらしいが、茶色がかった柔らかそうな髪は彼が笑うたびに揺れて光を反射させている。
凛子が見つめていると、視線を感じたのか、総一郎が振り返ったので、慌てて視線を逸らしてしまった。
つい見惚れていただなんて知れたら、また散々、からかわれるに決まっている。
「凛子」
「え?」
名前を呼ばれて顔を上げると、樹が立っていた。
「お兄ちゃん!」
「ごめん。ちょっと用事を済ませていたら来るのが遅くなって・・・まだ競技は残ってる?」
安心した凛子の声が弾む。
「うん。クラス別対抗リレー」
だが、樹は眉を顰めた。
「リレーって・・・まさか、おまえも出るのか?」
「もちろん」
「・・・まだ、火傷・・・痛むんじゃないのか?」
「大丈夫!ちょっとは痛むけど、走れないほどじゃないし・・・あ、100M走も1位だったんだよ」
「だけど・・・」
「本人が出れるっつってんだから」
尚も、心配そうな樹の前に、いつの間に来たのか、総一郎が不愉快そうな顔つきで立っていた。
樹は顔を強張らせた。
凛子は慌てて総一郎に耳打ちした。
「余計な口出ししないでよ。あんたが出てくると、お兄ちゃんの機嫌が悪くなるんだから」
だが、総一郎は、凛子の言うことになど耳を貸さずに、言い募った。
「あんたが、いつまでも、そうやって、凛子を甘やかすからダメなんだぜ」
樹は総一郎を無視した。
「凛子が大丈夫だって言うのなら、これ以上、何も言わないよ。でも、無理しないように。俺は、向こうで見てるから」
凛子は、そのまま行ってしまおうとする樹の背中に呼びかけた。
「うん。あ、終わるまで待ってて。一緒に帰ろうね」
樹は振り返ると笑顔で手を振ってくれた。
それを見ていた香織が興奮したように凛子に言った。
「すっごく素敵なお兄さんじゃない!いいな〜うちの兄貴なんて、『これがわたしの兄です』なんて、死んでも紹介したくないくらい不細工なんだもん」
「そんなぁ〜でも、昔っから、お兄ちゃんは自慢で、大好きなの」
「ふ〜ん。でも、きっと、あんなに格好いいお兄ちゃんがいたら、よっぽどの人じゃないと好きになれなそうだね」
「・・・そんなことは・・・ないかも」
凛子は、ちらっと総一郎の顔を見た。だが、なぜか、総一郎は怖い顔をして何か考え事をしているようだった。
(この顔・・・前にも見たことがある・・・)
それは、いつのことだったかと凛子が考えていると、不意に総一郎に腕を掴まれた。
「ちょっと、来いよ」
「えっ!?でも、もうすぐリレーが・・・」
総一郎は有無を言わさず、凛子を立たせると腕を掴んだまま歩きだした。
総一郎は何を考えているのか、校舎の中に入ると誰もいない教室へと凛子を連れて行った。
「入れよ」
総一郎は凛子の手を放すと教室の中に入っていって机の上に腰を下ろした。
「・・・・・・何なのよ、いったい」
「いいから、入れ」
「・・・・・・」
凛子は仕方なく教室に入ると総一郎に訊ねた。
「もうすぐリレーが始まるんだから、話ならすぐに終わらせてよね」
総一郎は片方の脚の上に顎をのせ、目だけを凛子に向けた。
「・・・・・・なあ、これからフケようぜ」
「なにバカなこと言ってるの?そんなことできるわけないじゃない」
話にもならない、と凛子は肩を竦めた。
「話がそれだけなら、わたし、行くから。もう時間が・・・んっ・・・!」
総一郎は凛子を引き寄せると、強引に唇を合わせた。
それだけでなく、体操着の上着の裾から手が侵入し、直に肌を弄り始めた。
(!!)
今まで誰にも触れられたことはない。
自分でだって意識して触ったことのない部分を、総一郎が、肌の感触を確かめるように触れてきた。
気づくと、裾は半分ほど捲りあげられている格好になっていた。
「ちょっ・・・や、やめて!」
唇が外されると凛子は声を上げようとしたが、思ったように声がでなかった。
恐怖も、もちろんあるが、それ以上に、総一郎の手が的確に凛子が感じるように愛撫するからだ。
「あっ・・・」
ブラの脇から総一郎の手が忍び込んだ。
胸を掴まれ、指で蕾を摘まれると、凛子の躰の奥深くに、ビリっとかすかな電流が走った。
総一郎は唇を鎖骨あたりに這わせ軽く歯を立てた。
それさえも、痛みより甘い痺れの方を強く感じてしまう。
このままでは、総一郎の思いのままにされてしまう。
凛子は、掴んでいた総一郎の腕に爪を立てた。
「は、放して!キス以上は・・・しないって・・・・・・」
すると、今まで黙って行為に及んでいた総一郎が顔をあげた。
「・・・気が変わった。おまえが欲しい」
掠れたような声を出す総一郎は、いつもの彼らしくなかった。
「気が変わったって・・・どうして・・・?」
凛子は、急に総一郎の態度が変化した理由を考えてみた。
(もしかして・・・お兄ちゃん?)
そう思い当たったと同時に、総一郎が吐き出すように言った。
「おまえは、俺と兄貴・・・どっちがいいんだよ!?」
「・・・・・・え?」
凛子は、あっけに取られたように、ぽかんと口を開けた。
(そういえば、昨日も、お兄ちゃんとわたしがいるのを見ると、イライラするって・・・)
凛子は、総一郎を伺い見た。
総一郎はバツが悪そうにそっぽを向いてしまっていた。
その姿が、なんだか、年相応の少年のように見えて、つい凛子は笑ってしまった。
「か、門倉くんって・・・なんか、かわいいかも」
「かわいい?ハッ!そんなこと言われて、嬉しい男がどこにいるっつうんだよ」
「だって・・・フフフ」
なおも笑っていると、総一郎は凛子の唇を塞いだ。
今度のキスは、強引だが、どちらかというと、照れを隠すようなキスに思えた。
そう思ったから、今度は、素直に総一郎に身をまかせた。
凛子の方からも、彼を求めるように口を開くと舌が絡み合い、湿った音が教室内に響いた。
どちらからともなく唇を放すと、凛子は総一郎の腰に腕を回した。
「なんか・・・嬉しいかも」
「は?」
「だって・・・お兄ちゃんに嫉妬してくれたんでしょ?それって、ちょっとは、わたしのこと好きだってことだよね?」
総一郎は、初めて聞く言葉のように目を見開いて凛子を見ていたが、やがて、観念したように苦笑いをした。
「・・・ったく、敵わねぇな」
「ねぇ、門倉くん。本当のこと言うとね。ずっとずっと、お兄ちゃんのことがこの世で一番、好きだったの。小さい頃は、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだって思ってた。でもね・・・」
総一郎は、おもしろくなさそうな顔で聞いている。
その横顔が、とても愛しい物に思えて、凛子は背伸びをして総一郎の頬にキスをした。
「今は、門倉くんのことが誰よりも好きなの・・・自分でも、なんで、こんな奴なんか好きになっちゃったんだろうって不思議なんだけど」
「・・・・・・」
総一郎は、それについて何も答えようとはしなかった。
だが、それでもいい、と思った。
少しずつ、彼の気持ちと自分の気持ちが近づければ、それで。
(おかしいな。確かに凛子はリレーに出るって言ってたのに・・・)
もしかして、痛みがひどくて、リレーに出れなくなってしまったのではないか・・・そう思い、競技が終わった後、凛子のクラスのところに戻ってみると、凛子の姿はなかった。
クラスメイトに聞いてみると、リレーが始まる前からいなかったという。
だが、凛子の友達だという安西香織から、凛子が総一郎に連れていかれたと聞かされた瞬間、樹は走り出していた。
(嫌な予感がする!)
ふたりがどこにいるのか、まったく見当はつかなかったが、とにかく学校内のどこかには、いるはずだ。
凛子が総一郎のことを好きなことは、よくわかっている。だが、彼の方はどうだ?
彼が本気で凛子を好きだとは、とても思えない。
樹は、脚を休めることなく走り続けた。
人気のない校舎内は、いつもより広く感じた。
(凛子のクラスは・・・)
屋上から順々に下へと降りていき、1階まで降りてきた樹は、凛子のクラスを探した。
「1年A組は、ここ・・・!!」
樹は、その光景を見て凍りついた。
まるで夢でも見ているかのようだ。
あの凛子が、男の腕に抱かれキスをしている。
しかも、どうみても、嫌がっているようには見えなかった。
樹は声を漏らすまいと口を手で覆った。
男は・・・・・・門倉総一郎だった。
あまりの衝撃に立っていられず、樹は膝をついた。
(吐き気がする・・・)
樹は口を覆ったまま、必死で悪夢と戦おうとしていた。
だが・・・・・・その悪夢は、紛れもない現実だった。