オリジナル

□Cruel moon〜8〜
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樹は凛子を見ると、ほっとした様子を見せたが、次の瞬間、彼女の乱れた服装に気がつくと駆け寄った。

「凛子・・・それ・・・どうしたんだ!?何があった!?」

「え・・・こ、これは別に・・・」

口ごもる凛子の腕を掴んで問い詰めようとした樹は、やっと彼女がひとりではないことに気がついた。

樹は総一郎と凛子を交互に見ると、さっと顔色を変えた。

「まさか、こいつに乱暴されたのか?」

「ち、違っ!・・・門倉くんじゃない!」

だが、樹は凛子が総一郎を庇っているのだと誤解した。

樹は凛子を放すと、つかつかと総一郎の前まで歩み寄った。

「本当におまえじゃないのか?」

総一郎は、ニヤっと笑った。

「違うけど?」

樹はそれでも疑いを解けない様子で訊ねた。

「じゃあ、なぜ、ここにおまえがいる?凛子は確か、香山といたはずだ」

「あ〜あの生徒会長さんて、香山って名前だったっけ。すっかり忘れてた」

「・・・おまえ、香山に会ったのか?香山はどうした?」

「逃げたぜ」

「・・・逃げた?どういうことだ?」

代わりに凛子が答えた。

「門倉くんは・・・香山先輩から助けてくれたの」

樹は振り返った。

「助けたって・・・・・・まさか、それ・・・香山が?」

樹は信じられないようだった。

それもそのはず。香山は樹の前では、良き後輩を演じ続けていたのだから。

凛子はブラウスの前をかきあわせて、頷いた。

「まさか・・・あの香山が?どうして?」

「それは・・・」

凛子は口ごもった。樹に本当のことを話せば傷つくだろうと思ったからだ。

香山のことを信頼しきっている樹に、実は憎まれていたのだ、と告げることはできなかった。

「その・・・香山先輩のこと・・・断ったら・・・なんか、わたしの説明が悪かったみたいで・・・」

「そんな理由でレイプまがいのことしようとしてたのか?あいつ、どうしょうもないな」

それまで黙って聞いていた総一郎が口を挟んだ。

樹は総一郎の発言を聞き咎めた。

「レイプ?なんだって?それ、どういうことだ!?」

樹は血相を変えると凛子に詰め寄った。

「凛子!何、された!?」

凛子は樹に気圧されそうになりながら答えた。

「だ・・・大丈夫。何もされてない。もうダメかもって思った時に、偶然、居合わせた門倉くんが助けてくれたから・・・」

樹は凛子が嘘をついていないかどうか瞳を覗き込んだ。

「・・・本当に何もされなかったんだろうな?」

「うん」

樹は凛子が頷くと、やっと安心したようだった。

「よかった・・・おまえから電話で香山のことを聞いた時、すぐ行けば・・・・・・ごめんな、凛子。怖かっただろ」

樹はそう言うと凛子を抱きしめた。

あまりにも力強く抱きしめられて体が痛い。

「お兄ちゃん・・・痛いよ。わたしなら大丈夫だから・・・」

凛子が抗議すると、樹は、はっと我に返って腕を解いた。

凛子を放すと、ようやく総一郎のことを思いだし、振り返った。

「・・・凛子を助けてくれてありがとう。君がいなかったら、と思うと、ぞっとする」

だが、頭を下げながらも、心のどこかに、総一郎が凛子を助けたのは、本当に偶然だったのだろうか、と樹は考えていた。

「あんたに礼を言ってもらってもね。礼なら、ちゃんと、こいつにもらったし」

「・・・・・・もらったって何を?」

樹は眉を顰めた。

凛子は焦って樹の腕を引っ張った。

「たいしたものじゃないから・・・ねぇ、もう帰ろう。ほら、門倉くんも、いろいろ忙しいんじゃない?」

キスをしたこと。自分が総一郎のことを好きだと告げたこと・・・そして、手ひどい言葉で振られたこと。どれも樹には知られたくなかった。

「あ、ああ・・・だけど・・・」

無理矢理、樹を引っ張って帰ろうとした凛子の背に、総一郎の忍び笑いが聞こえた。

「やっぱり、兄貴には知られたくないんじゃないか」

凛子は、ぴたっと足を止めた。

ゆっくり振り返ると総一郎が意地の悪い笑みを浮かべていた。

もう彼が何を言おうとしているのか、わかっていた凛子は、ゆっくり息を吸った。

「なんのこと?お礼なら、ちゃんとしたんだから、これ以上、余計なこと言わないで。あれは、ただの礼であって、それ以上でもそれ以下でもない。そうでしょ?」

意趣返しのつもりで言うと、総一郎は目を細めた。

「・・・それで強がってるつもりかよ」

「強がってなんか・・・」

総一郎は怖い顔で凛子の元に歩み寄ると彼女の腕を掴んだ。

「よく考えたら、あれじゃ足りないよな」

「どういうことよ」

凛子が訊ねると総一郎は腕を掴んだまま走りだした。

驚いたのは樹である。

「凛子!!」

呆然としたのは一瞬のことで、すぐに樹はふたりの後を追いかけた。

だが、あと一歩でふたりに追いつくというところで足が止まった。

公園の入り口脇に止められてあったバイクに総一郎が跨り、その後ろに凛子が座っていたからだ。

「凛子!そいつと、どこへ行く気だ!?」

凛子はヘルメットを手にしたまま躊躇っている様子だった。

樹は、おもいきって足を踏み出すと凛子を取り戻すべく、バイクのふたりに近づいた。

凛子の肩に手をかけ、樹は言った。

「俺と家に帰ろう」

「・・・・・・わたし・・・」

樹は自分の中の苛立ちを隠してもう一度、凛子を促した。

「・・・母さんが心配するだろ?」

凛子は、しばらく俯いていたが、やがて心を決めたように首を左右に振るとヘルメットを被った。

「凛子!」

ヘルメットからは凛子の目だけが見える。

これほど思いつめた瞳をした凛子を初めて見る。

(やっぱり、おまえ・・・)

恐れていたことが現実になりつつあることに、樹は怯えた。

「ごめんね、お兄ちゃん。すぐ帰るから・・・少しだけ、わたしに時間、ちょうだい。どうしても・・・もう一度だけ確かめたいことがあるの」

くぐもった声は凛子の物じゃないように聞こえた。

樹は総一郎を苦々しい想いで見つめた。

「・・・どういうつもりだ?凛子をどこへ連れて行く気だ?」

「さあ?」

「・・・ふざけるな!」

樹は総一郎の襟首を掴んだ。

だが、総一郎は軽々とその手を外すとキーを回してエンジンをかけた。

「待てよ。妹は返してもらう」

樹は凛子をきつい口調で咎めた。

「おまえ、どうかしてるぞ。どうして、こんな奴と行こうとするんだ!」

凛子は一瞬、大きく目を見開いた後、静かに睫を伏せた。

「・・・・・・好き・・・だから」

「・・・・・・・・・好きって・・・こいつを?」

今度は、樹が目を見開く番だった。

そんなことあるはずないのに、今のは自分の聞き間違いだろうと思い込もうとさえした。

凛子は黙って頷いた。

急に全身の力が抜けた気がした。

15年間、この日がこないようにと祈り続けてきた。

それでも、いつかは自分以上に好きな相手をみつけて去っていってしまうことは覚悟していたつもりだった。

だが、その相手は断じて、こんな男ではない。

凛子の相手は、自分が認める男でなくてはならなかった。

(それが、よりにもよって、こんな最悪な男だったなんて・・・)



「じゃあ、こいつのこと借りるぜ」

総一郎は、それだけ言うと樹の前から凛子を連れ去ってしまった。



樹は立ち尽くしたまま、そこを動くことができずにいた。

耳の奥では、先ほどの凛子の言葉が壊れたオルゴールのように繰り返し繰り返しこだましている。



樹は目を瞑ると両耳を押さえてその場に蹲った。



「おまえの口から・・・そんな言葉・・・聞きたくなかった」










どうして、いきなり総一郎が自分の腕を掴んだのか、わからない。

けれど、『一緒に来い』と言われた時、わたしの答は、ひとつしかなかった。

彼がどんなつもりなのか知らない。

さっき、ひどい言葉でわたしの想いを嘲笑ったのに・・・。
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