オリジナル

□Cruel moon〜5〜
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制服を脱いだものの、何を着ればいいのか・・・凛子は階下にひとり残してきた総一郎のことを気にしながらも、納得いく服がみつからなくて困っていた。


「別に、なんだっていいじゃない」


そうは思うのだが、総一郎にバカにされるわかにはいかない。


ああでもない、こうでもないとやっている内に凛子は途方に暮れてしまった。


時計を見ると、すでに20分ほど待たせてしまっている。




「どうしよう」


鏡の前で水色のミニスカートに白いキャミソールといういでたちに納得がいかずにため息をついた凛子は、キャミソールを脱ぎ捨てた。


(バカみたい。なんでもいいや、もう)


凛子はベッドの上に脱ぎ散らかしてあったTシャツを手に取った。


瞬間、カチャリとドアが開く音がして総一郎が顔を覗かせた。


「何、やってんだよ」


「なんで、勝手に人の部屋のドア、開けるのよ!」


凛子は慌ててドアを閉めようとしたが、力で総一郎に勝てるわけもなく、あっという間に侵入を果たされてしまった。


凛子は手にしていたTシャツを急いで着た。


「おとなしく待ってられないの!?」


凛子に睨みつけられても、痛くも痒くもなさそうに総一郎は断りもせずベッドに腰を下ろした。


「ふ〜ん」


「な、なによ!」


総一郎は舐めるように凛子を下から上へと見上げた。


「結構、いい躰してると思ってたけど、まだ胸が足りないねぇな、と思って」


凛子は腰を屈めると手近にあった物を投げつけた。


「余計なお世話!」


「コントロール悪いな、凛子ちゃん」


総一郎は、わずかに首を傾けて、それを避けると笑った。


壁にあたって落ちた物は、以前、樹がUFOキャッチャーで取ってくれたキャラクター物のぬいぐるみだった。


何をしても、総一郎には歯が立たない。


悔しさと恥ずかしさで凛子は唇を噛んだ。


(やっぱり家になんて入れるんじゃなかった!)


凛子はドアを開けて部屋から出ると階段を下りてキッチンへ向かった。


お茶を淹れて、さっさと帰ってもらおう。


凛子はプリプリ怒りながら冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、薬缶に注ぎいれると湯を沸かし始めた。


トントンと階段を下りてくる音が聞こえる。


どうせ、あのニヤニヤ笑いで、また自分をからかうのだ。


凛子は唇をヘの字に曲げたまま、ムスっと薬缶を睨みつけていた。




だが、一向に総一郎はリビングに姿を見せない。


「もしかして帰っちゃったとか?」


凛子はガスの火を止めると首を傾げてキッチンを出た。










玄関のドアが開き誰かが家の中に入ってきた。


総一郎は階段を下りる途中で、玄関の方へと視線を向けた。


(あれは・・・・・・)


家の中に入ってきたのは、少し前に自分の家庭教師としてやってきて1日で辞めた凛子の兄だった。


総一郎は、わずかに目を細めると樹が自分に気づくのを待った。


樹は玄関に見知らぬ革靴に気づいたようだった。


そして靴を脱ぎながら、階段の下に佇んでいた総一郎を見やった。




樹の目が、クっと見開かれた。


「・・・なぜ、君が家に?」


言葉少ななのは、樹が動揺している証拠だった。


逆に総一郎の方は悠然とした態度で階段を下りきると挨拶をした。


「お邪魔してます。凛子のお兄さん」


途端、樹の瞳に剣呑な光が宿った。


「凛子は?」


「さあ?物凄い勢いで下へ降りてったから、家のどっかにいるんじゃないか」


「2階で何をしていた?」


総一郎は意味ありげに笑うと肩を竦めてみせた。樹が誤解するだろうとわかっていて、敢えて何も答えない。


樹は靴を脱ぐと総一郎の方へと向かってきた。そして目の前で立ち止まると低い声で言った。


「前に言ったはずだ。凛子に近づくことは許さないと」


「覚えてるさ。でも俺は承諾した覚えないぜ。それに、ここへ招待してくれたのは、あんたの妹で別に俺が無理矢理、おしかけたんじゃない」


嘘はついていない。ただ、少し言葉を省いただけだ。


もし、凛子が自分をここへ呼んだ理由を知ったら、ただでは済まされないに違いない。


樹は信じようとしなかった。


「凛子がおまえを家に呼ぶなんてあり得ない。君を嫌いぬいているからね」


自分を嫌っているのは、おまえの方だろう・・・と思ったが口には出さずにいた。


凛子が口で言うほど自分を嫌っているわけではないことに総一郎は気づいていた。


(まあ、好かれてるわけでもないけどな)


だが、自分がその気になれば凛子のようなタイプの女を自分の物にすることなど造作もない。


そろそろ、顔と体がいいだけの女には飽きてきたところだった。凛子なら多少の暇つぶしになるかもしれない。それに実の妹だとは思えないほど執着している目の前の男が自分に妹を奪われた時、どれほど衝撃を受けるかを想像すると、ひどく楽しげに思えた。


「何がおかしい」


「いや、別に」


総一郎は樹の横を通り抜けるとリビングへと足を向けた。


すると、ちょうど良いタイミングで凛子が現れた。


「お茶、淹れてくれた?」


「まったく、ちっとも来ないから何してるのかと思・・・・・・」


総一郎に気づき、文句を口にしかけた凛子の口元が強張った。


総一郎は首をゆっくり後ろに回した。


見ると樹の顔も強張っている。


(ケンカでもしたのか?)


総一郎は凛子に視線を戻した。


「おまえの兄貴と話してたんだ」


凛子は総一郎が口火を切ってくれたことで、ほっとしたように小さく吐息をもらした。


「そう・・・だったんだ。お兄ちゃん、この人がいつも言ってる門倉・・・」


「門倉総一郎だろ」


「う、うん」


凛子は、すでにふたりが顔見知りだということを知らない。


その上、ふたりの間が凛子が思っている以上に険悪だということも。




樹はその場から動かぬまま問いただした。


「門倉くんは、おまえに招待されたと言っている。それは本当のことなのか?」


「・・・そうよ。ちょうど雨が降ってきて、こ・・・門倉くんが傘、持ってないっていうからいれてあげたついでに家に寄ってもらったの」


樹は総一郎の言ったことが本当のことだと知ると怒りを顕にした。


「誰もいない家に男をあげるなんて非常識だろ!」


凛子は目を見開いた。昨日の怒り方など比較にならないくらい樹が激怒しているのがわかる。


本当は謝ればよかった。けれど、頭ごなしに怒られたことと、昨日のことが尾を引いていて凛子は素直になれなかった。


「門倉くんとは別にそういう関係じゃないもの!ただの友達よ。なんで、そんなに怒るの!?」


樹は鼻で嗤った。


「ただの友達?おまえは何もわかってない!何かあってからじゃ、遅いんだぞ!」


「何かって何!?」


「凛子!」


思い余って樹は手を上げた。だが、寸前で総一郎がその手を押し留めた。


「ちょっと冷静になれよ。凛子は別に悪くないだろ」


樹は血走った目で総一郎を睨みつけた。


総一郎が凛子の名を呼び捨てたことが気に障ったのだ。


「その手を放せ」


「やだね」


両者とも譲らなかった。だが、先に折れたのは樹の方だった。乱暴に掴まれた腕を振り解くと凛子に告げた。


「とにかく、彼には帰ってもらうように」


「お兄ちゃんに命令される筋合いないよ!行こう、お茶が冷めちゃったから、淹れなおすわ」


「凛子!」


凛子は総一郎の手を掴むと樹を無視して、ずんずん歩いて行ってしまった。


凛子たちがリビングへと消えてしまうと樹は深いため息をつくと右手で両目を覆った。


今日は昨日のことを凛子に謝ろうと思っていたのだ。それなのに、結果はどうだ。さらに事態は悪化してしまった。


その上、凛子は、あれほど近づくなと言っていたのに総一郎を家に連れてきていた。


しかも樹の目の前で彼の方を選び、手をとったのだ。


それが樹への腹いせだったとしても、打ちのめされるには十分だった。


樹は階段に腰を下ろすと頭を抱えこんだ。


いつか自分の元から去ってしまうことはわかっていた。その時が来たら笑顔で祝福してやろうと決意していた。だが、凛子を奪う相手は絶対に、彼であってはならない。


(あんな・・・女に対して不誠実な男・・・凛子にふさわしいわけがない)


総一郎は凛子に害を及ぼすに決まっている。だから、自分がそれを止めなければならないのだ。


樹は心の中で、そう言い訳を考えた。


壁一枚を隔てた向こうで、ふたりがどんな会話を繰り広げているのか気になった。


耳を澄ますが笑い声ひとつ聞こえてこない。


樹は不安になってきた。


いてもたってもいられず、立ち上がるとリビングのドアの前に立ち中の様子を伺った。


すると、ぼそぼそと、ふたりが何事か話しているのが聞こえてきた。


ドアに耳を押し当てかけたが、こんな風にこそこそと盗み聞きしようとしているのが情けなくなった。


樹は踵を返そうとした。


瞬間、凛子の悲鳴が聞こえた。


樹は顔色を変えてドアを開け放った。


「どうした!?」


だが、リビングには誰もいなかった。樹は急いで中に入ると凛子の名を呼んだ。


「凛子、どこにいるんだ!」


だが、返事はかえってこなかった。


「凛子!」


脳裏に不吉な予感が過ぎる。


樹は凛子の名前を呼び続けながらキッチンへと向かった。


ドアを開けると床に脚を投げ出して座り込んだ凛子の傍に総一郎がいた。


凛子は樹の姿を見とめると泣きそうな顔で見上げてきた。


「お兄ちゃん・・・」


てっきり総一郎が凛子に対して不埒な真似をしたのかと誤解したが、よく見ると総一郎は凛子の脹脛にタオルを押し当てているところだった。


「どうした!?」


さすがの総一郎も神妙な顔つきで樹に答えた。


「熱湯が脚にかかって火傷したんだ」


「どけっ!」


樹は事態を察すると総一郎から奪うように凛子を抱きかかえると浴室へ急いだ。


乱暴に浴室のドアを脚で蹴飛ばすように開けると凛子を抱えたままシャワーの栓を目一杯、捻った。


シャワーヘッドから大量の水が迸り、赤くなった凛子の脹脛を冷やした。


「痛いか?」


「ううん・・・すぐ、あいつが濡れタオルで冷やしてくれたから・・・」


本来なら総一郎に感謝せねばならないのだが、その場にいたのが自分ではなかったことが悔しくて樹は無言でシャワーをかけ続けた。


見る見るうちに水しぶきが服まで濡らしていくが、樹は構わなかった。


この白くて華奢な脚に火傷の痕が残ってしまうことを考えだけで恐ろしくなる。


気づくと樹は凛子を抱きしめていた。


「ごめん・・・俺が悪かった」


凛子は目を見開いたが、すぐに安堵したように目を閉じると樹の首に腕を回して胸に顔を埋めた。


「わたしの方こそ、ごめんね、お兄ちゃん」




総一郎は開け放たれた浴室から視線を背けた。


先程から、胃のあたりが、むかついて仕方がない。


(なんなんだよ・・・)


てっきり樹の独りよがりかと思えば、凛子も、まるですべてを預けられる恋人のように彼に抱きしめられている。


総一郎は、もう一度、ふたりに視線を向けた。


先程まで険悪だった兄妹は、再び信頼を取り戻し笑いあっていた。


総一郎はプイっと顔を背けて踵を返すとイライラと足を踏みならしながら玄関へと歩いていった。そして靴を履き外へ出ようとした瞬間、中に入ってくる誰かにぶつかってしまった。


「ったぁー!」


「悪いな」


総一郎は、ぶつかった少女に腕を差し伸べた。


ぶつかった反動で腰を打ったのか、少女は痛そうに腰をさすっている。


「おい、大丈夫か?」


少女は、胡散臭げに総一郎を見上げた。


「あなた誰?」


「おまえは?」


「この家の人間よ」


(凛子の妹か?だけど、似てねぇな)


そういえば、凛子は樹とも、まったく似ているところがない。


総一郎は黙って少女の腕をとって引き起こした。


「じゃ、俺、帰るから」


「ちょっと、名前くらい言いなさいよ!」


だが総一郎は名乗らずに出て行った。




雨は先程より、一層、激しさを増し、瞬く間に全身がずぶ濡れになった。


天を仰ぎ見ると分厚い雲の間に稲妻が光った。


総一郎は、じっと空を見つめ、雷鳴が轟く瞬間を待った。


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