金色のコルダ

□たいせつなもの2
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月森は、放課後、森の広場へと急いでいた。

腕時計をちらっと見ると、足を速めた。

約束の時間に少し、遅れてしまっている。


森の広場は、今日もにぎやかだったが、広場の真ん中に人だかりができていた。


(何かあるのか?)


興味を引かれたが、ぐずぐずしてはいられない。

月森は踵を返し、約束の場所へ向かおうとした、その時だった。


「これは!?」


まるで、風がその旋律に震え、共鳴したのかと思った。


艶やかなヴァイオリンの音色が月森の耳に飛び込んできた。

誰が弾いているのか、など、誰に聞かずとも月森には、わかった。


月森は、人だかりのする方へ向かった。






「通してもらえないだろうか」


月森は、前へと、人の輪を掻き分けるようにして進んだ。


香穂子が、夢見るような眼差しで、ヴァイオリンを奏でているのが見えた。


その音色は、昨日までの香穂子の音色ではなかった。


ひとつひとつの音が、はっきりと、だが、決して途切れることなく、

美しい旋律となって響いている。低音は、物悲しく。

透きとおるような高音は、まるで、ソプラノ歌手が囁いているかのようだ。


何より、香穂子自身が、ヴァイオリンを慈しんでいるのがわかった。


月森は、立ち尽くした。


(これが、君のヴァイオリンなのか・・・・?)


いつまでも、聴いていたい。聴衆の誰もが、そう感じているようだった。


香穂子の演奏が終わると、一瞬の間をおいて、割れんばかりの拍手がわきおこった。


だが、月森は拍手することも忘れ、ただ、香穂子だけを一心にみつめていた。


ヴァイオリンを弾き終わった香穂子は、頬を染め、深くお辞儀をした。


そして、香穂子が顔を上げた瞬間、月森と視線が合った。


「月森くん・・・・あの、どうだったかな?」


月森は、すぐに言葉を発することができなかった。


今の感動を、どう表現したらいいか、わからなかったのだ。


「よくなかった?」


香穂子が不安そうに月森を見ている。


(早く、何か、言わなくては・・・・・)


だが、月森が口を開こうとした瞬間、聞き覚えのある声が後ろの方からあがった。


「素晴らしかったよ、日野さん」


その一言で、生徒たち聴衆は、自然と場所をあけた。


その人は、優雅な足取りで香穂子の前に立った。


「柚木先輩・・・」


香穂子は言った。

その表情は、どこか、怯えているようにも月森には見えた。


「今までとは、比較にならないくらい、いい演奏だったね。
驚いたよ」


星奏学院一の有名人であり、女性徒のファンが多い柚木の香穂子に対する賞賛は

それだけで、香穂子の評価を高めることになる。


「・・・・・あ、ありがとうございます」


柚木は、にっこりと微笑むと、言った。


「少し、君に話があるんだけど、いいかな?」


「え・・・・・あの・・・でも」


香穂子は、ちらっと月森を見た。


すると、柚木は、それに気づき、月森に言った。


「あぁ、月森くんか。少し、日野さんを借りてもいいかな?大事な話が、彼女にあるんだ」


邪気のない笑顔で、そう言われれば、頷くしかなかった。


「別に、俺に断る必要はありません」


月森は、そう言うと、その場を去ろうとした。


「月森くん!」


思わず、月森の足が止まった。


「今の演奏、とても良かった」


「本当!?」


嬉しそうな香穂子の声に、月森は振り返った。


「君の音色・・・・・俺はとても好きだ」


そう口にした瞬間、月森は香穂子に惹かれていることを、はっきりと自覚した。


「わたしね、たいせつなことに気づかせてくれた月森くんに、聴いてもらいたかったの。

だから、そう言ってもらえて、すごく嬉しい!」


(たいせつなこと?)


柚木は眉を顰めた。


ふたりの間に、何があったというのか。


柚木は、香穂子と月森の間に目には見えない絆を感じ取った。


(愉快じゃないな)


柚木は、再び起こった苛立ちを隠してふたりに言った。


「どうやら、日野さんのスランプを救ったのは、月森くんだったようだね」


「いえ。俺は何も」


(どうしたんだ、柚木先輩?)


口調は普段と同じように穏やかだが、何かが違うような気がした。


「僕も感謝しなくちゃね、月森くんに」


香穂子が驚いたように柚木を見た。


「・・・・・どういう意味でしょうか?」


「別に。そのままの意味だよ」


柚木は、微笑んだ。


「さ、行こうか、日野さん」


柚木は、そう言って香穂子の肩に手を置いた。


香穂子は、柚木を見上げた。


肩に置かれた柚木の指先から、有無を言わせない力が伝わってくる。


「それじゃあね、月森くん」


「ああ」


柚木に肩を抱かれたまま、香穂子は振り返った。


「また、海、見に行こうね!」


月森は、頷いてみせた。


瞬間、柚木が首だけ動かして月森に向かって口を動かした。






月森は、柚木の言葉を理解すると、拳を握り締めた。


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