オリジナル
□Cruel moon〜2〜
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凛子が高校生になって、約1ヶ月ほどは穏やかな日々が続いていた。
相変わらず、斜め後ろの『いけすかない奴』は、ちょこちょこと、凛子のことを、からかってはいたが、今のところ実害もないので適当にあしらっていた。
新しく友達も何人かでき、凛子は充実した日々を送っていた。
だが、そんな矢先、ある事件が起こった。
「あれ?なんか落ちたよ」
総一郎が机の中から教科書を取りだそうとした時、それは落ちた。
凛子は、なるべく総一郎とは関わりになるまいと避けていたが、総一郎の方は、何かにつけて凛子を構おうとしていた。
その度に、凛子は適当にあしらってきたので、今回も聞き流すつもりだった。
「はい。あれ〜門倉くん、もしかして、これラブレターじゃないの?」
手紙を拾ったのはクラスでも、かなり目立つ女生徒だった。
名前は、飯島未知香。
凛子は、彼女が総一郎と親しげに喋っているのを何度か目にしていた。
「どれ?」
総一郎は手紙を受け取ると、無造作に封を手で、ビリビリと破くと、中味を取り出した。
だが、数秒後に、興味なさげに元どおりにしまいなおすと、総一郎は未知香にそれを渡した。
「それ、捨てといてくれない?」
「どうして?ラブレターじゃなかったの?」
「まあな。でも、くだらないこと、書いてあるだけだから。ったく、いい迷惑だぜ」
総一郎は、本当に迷惑そうに形の良い眉を上げた。
未知香は渡された封筒と総一郎の顔をかわるがわる見てから、困ったように総一郎へと返した。
「恨まれたくないし・・・捨てるなら自分で捨てなよ」
さすがに人の手紙を勝手に捨てられないらしい。
「なんで恨まれるんだよ?勝手に向こうが書いただけだろ?俺、こんな奴、知らないし」
総一郎は、右目を細めると5mほど距離があるゴミ箱へ向けて、それを投げた。
だが、それは目標地点へ届かず、凛子の足下に落ちた。
凛子は、屈んで手紙を拾い上げた。
「悪い、それ捨てといてくんない?」
凛子の咎めるような視線に気づいた総一郎は、なぜか、ニヤっと笑った。
「知ってるぜ。おまえも、こういうのに迷惑してるって。それ拾ってくれたら今度、お礼におまえ宛に来た手紙、俺が捨ててやるよ」
凛子は、笑みを浮かべたまま傲慢な言葉を吐く彼に近づくと軽く、総一郎の頬を叩いた。
瞬間、教室内が、シンとなった。
「痛ってえ・・・」
痛いはずがない。
手加減するくらいの余裕は、まだ凛子の中には残っていたから。
女に叩かれて怒りだすかと思われたが、総一郎は表情を変えなかった。
「・・・なんてな。どうせ、叩くなら、手加減するなよ」
「本気で叩いたら、手が痛いじゃない。あんたみたいな男のために、本気だすなんてバカみたいだもの」
「言うなあ」
総一郎は、それでも笑っていた。
(なんで、ヘラヘラ笑ってられるんだろう?)
もちろん、叩かれるようなことをしたのだから、凛子に逆ギレされても困るのだが。
(普通は、怒るところじゃない?)
余程、人間が出来ているのか、もしくは、プライドを持たない、ただのバカなのかのどちらかだろう。
「最初から、たいした男じゃないって思ってたけど、ほんと、最低だね。人が一生懸命、あんたのこと想って書いたのを、たいして読みもしないで捨てるなんて」
総一郎は、薄ら笑いのまま凛子に言った。
「別に、どう思ってくれてもいいけどさ・・・どうせ、つきあう気もないのに、読んでも仕方がないって思わない?」
「会って、手紙の礼くらい言うのが、礼儀でしょ」
「なんて?『キミと付き合う気は、さらっさらないけど、想ってくれてありがとう』って?」
「そんな言い方・・・」
総一郎は、凛子の手から手紙を奪い取ると中味を取り出して読み上げた。
『入学した時から、あなたのこと、気になってました。そして、時々、遠くから、あなたのことを見ていて、きっと素敵な人なんだろうなと思ってたら、いつの間にか、好きで好きでたまらなくなってしまいました。どうしても、わたしの気持ちを知ってもらいたいと思って、おもいきって手紙を書きました。今日の放課後、屋上で待っています』
総一郎は、便箋を封筒に戻すと、びりびりと破り捨てた。
その行動に、誰もが目を瞠った。
総一郎は入学当初から、『格好いい』と評判で、ひっきりなしに呼び出されたり手紙をもらったりしていたようだ。
だが、一度どして、それらに応えたという噂は聞こえてこなかった。
普段は、どちらかというと女子生徒たちと、ふざけあっていて女好きそうに見えたのだが、なぜか誰とも付き合おうとしない。
すでに彼女がいるんじゃないかという噂も立ったが、本当のところは誰も何も知らなかった。
「見てくれだけで好きになられても迷惑なんだよ。この手紙、書いた奴だって、俺がこういう奴だって知ったら即、幻滅して『最低』とか言うんじゃねえ。おまえみたいにさ」
なぜか、彼は、わざと悪く思われるように振舞っているように凛子には思えた。
もしかしたら、手酷く裏切られた過去があったのかもしれない。
(だから、人のこと信じられなくなったとか?)
「言っとくけど、俺、別にトラウマとかあるわけじゃないから。ただ単に、勝手にイメージ作って、いざ俺のこと知ったら、思ってたのと違ったって言われるのが面倒だから。だから、最初から付き合わねーだけ」
思っていたことを言い当てられた凛子は、つい頭に血が昇った。
ちょっと同情しかけた自分がバカだった。こいつは、ただ単に性格悪いだけなのだ。
「・・・わたし、別にあんたのこと幻滅なんかしてないから。だって、最初っから、最低男だってわかってるもの。じゃあね!」
くるっと総一郎に背を向けて教室を出て行こうとすると、腕を掴まれた。
「待てよ」
「まだ何か?」
「忘れ物」
くるっと怒りに任せて振り向いた瞬間、頬に痛みを覚えた。
凛子が叩いた時とは比べ物にならないくらい痛い。頬がジンと熱い。
「俺、やられっぱなしは好きじゃないんだ」
凛子は、掴まれた腕を力一杯、振り外した。
「女に手をあげるなんて、ほんと最低!」
「こういう場合、女も男もないだろ?先に手をあげたのは、おまえなんだし」
「わたし、軽く叩いただけじゃない!」
「俺は、手加減しない性質なんだ」
相変わらず、ニヤニヤと笑いながら言う総一郎の顔を見ていると、腸が煮えくり返る。
きっと、凛子の反応を見ておもしろがっているのだ。そう気づいた凛子は、決して、思い通りの反応を見せるまいと決意した。
ギロっと総一郎を睨み上げると物も言わずに教室を出た。
「あれ?殴り返してこねえの?つまんないなあ、凛子ちゃん」
凛子は、挑発に乗るまいと脇に下ろした拳をギュっと握りしめた。
(金輪際、関わらないんだからっ!)