金色のコルダ

□Prelude3
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月森は、昨夜、突然に香穂子に電話してしまったことを謝ろうと香穂子を探していた。


そして、初めて普通科の教室に足を向けた。


月森が香穂子のクラスに現れると、どよめきが起こった。


月森は、眉を顰めたが手近にいた生徒に香穂子の行方を訊ねた。


「香穂子なら、もう帰ったわよ。なんだか、急いでいるみたいだったけど?」


「帰った?」


いつもなら下校時間ぎりぎりまで、学校で練習をしていくはずだ。

月森は礼を言うと教室を後にした。


(昨夜の電話での態度を気にしていないといいが)


月森は、つい、感情的になって香穂子にあたってしまったことを悔いていた。

香穂子にあたっても仕方がない。

思い通りの音をだせないのは自分が悪いのだから。

だから、香穂子に直接、謝りたかった。






「おい、なんで、おまえがここにいるんだ?」


ふいに声をかけられて月森は顔を上げた。

だが、途端に月森の顔は不機嫌になった。

会いたくない人物が目の前で、月森と同様、嫌な顔をして立っていた。


「・・・・・別に」


「別にってこたぁ、ねえだろ?音楽科様が、普通科に何の用時だ?」


「だから、特に用ではないと言っている。

俺は、君とくだらないことで言い争っている暇はない。失礼」


「おい、待てよ!」


土浦は月森の肩を掴んだ。


「放してくれ」


月森は意外なほど強い力で肩に置かれた土浦の手を振り払った。


「俺のことには構わないでくれないか」


「ああ、そうかよ。そりゃ、悪かったな。それより、おまえ、ここにいるんなら知ってるか?」


「何を?」


「日野だよ。あいつにちょっと用があるんだけど、どこにも、いねえんだよ」


「日野なら帰ったそうだ」


「帰っただぁ!?なんだよ、それ。

あいつの方だぜ、練習したいから伴奏してくれないかって言ったのは!」


土浦は怒ったように言った。


「日野ちゃんなら、さっき、柚木さんと一緒に帰ったわよ」


天羽が、にやにやしながら近づいてきた。


「なんだって!?」「どういうことだ?」


ふたり同時に叫ぶと天羽は首を顎に手をかけて唸った。


「う〜ん、それがわからないのよね。日野ちゃん、

柚木さんと一緒に帰るほど、仲良くないと思うんだけどさ」


「柚木先輩か・・・・・俺、あの人、苦手なんだよ」


土浦は少し顔を顰めた。


「土浦くんと正反対の人だからね〜」


天羽がからかうように言った。


「それ、どういう意味だ?」


「どうって、そのままの意味だけど?」


と、土浦と天羽が不毛の会話を続けていると月森が言った。


「日野が柚木先輩と帰ってしまったのなら仕方ない。それじゃ」


そう言って、月森は去った。


「なんだ、月森くん、日野ちゃんに用事だったの?」


土浦は月森の背に向かって呟いた。


「やっぱり、日野に用だったのか、あいつ・・・」


天羽は土浦の呟きを耳にした。


(ふんふん、日野ちゃんのこと気にしてるのは、

月森くんだけじゃなかったのね。あとで、メモっとこうっと)


天羽は常に新聞の記事にするネタを探しているのだった。






香穂子は柚木の後に続いて門をくぐった。


つい、きょろきょろしてしまうのは仕方がない。

美しく整えられた庭園はまるで京都のお寺のようだ。


つい、立ち止まって見惚れていると、柚木が言った。


「何か、おもしろいものでもあった?」


「柚木先輩って、お坊ちゃまなんですねぇ・・・・」


香穂子が感心したように言うと柚木は苦笑した。


「そんなことないよ。それより、いつまでもここにいるのはまずいかな?」


「え、どうしてですか?」


「う・・・・ん。まあ、いろいろとね」


柚木は言葉を濁した。


「さあ、行こうか」


香穂子は仕方なく、柚木の後ろを小走りについていった。






玄関を入ってから柚木の部屋に着くまでに、いくつ廊下の角を曲がっただろう?

玄関まで戻るには、もう、香穂子、ひとりでは無理だった。


「はい、ここだよ。入って」


「はい。うわぁ〜」


通された柚木の自室は香穂子の何倍も広かった。

柚木らしい落ち着いた色合いで統一された部屋。

目を引くのはグランドピアノだった。


「柚木先輩って、ピアノも弾かれるんですね」


「昔、少しだけね。今は趣味程度にしか弾けないよ」


そう謙遜するが、きっとピアノも並みいる音楽科の人間よりも上手なのだろう。


「ああ、そのへんに適当に座ってて」


「適当って言われても・・・・・」


香穂子は部屋の中を見回した。


確かに、豪華なソファーセットがあるが、なんとなくそこに座るには気がひけた。


「どうしたの?気を楽にして、くつろいでくれていいんだよ」


「はぁ・・・・・」


仕方なく、香穂子はソファーの上に座った。

柚木は机の引き出しから楽譜を取り出すと香穂子の目の前のテーブルに置いた。


「ありがとうございます」


「それで?次のセレクションでは何を弾くことに決めたの?」


「まだ、はっきりとは決めてないんですけど。序奏とロンドカプリチオーソにしようかなって」


香穂子が言うと、柚木は立ち上がってピアノの前に座った。


「サン=サーンスだね。以前、弾いたことあるよ」


柚木は軽やかに指を動かす。


(やっぱり、さっきのは謙遜だよね。これなら、ピアノででもコンクールにでられるかも)


柚木がピアノを弾いている間に、紅茶が運ばれてきた。

香穂子が礼を言うと、持ってきてくれた人は、にっこりと微笑んでくれた。


(柚木先輩のお母さんかな?)






「そうだね。君にあってるかもしれない」


柚木は弾き終えると香穂子の前に座った。


「すごく上手なんですね。どうして、それだけ弾けるのにフルートを?」


「どうしてだろうね。日野さん、フルートとピアノ、どっちが僕に似合うと思う?」


香穂子は首を傾げた。


「そうですね。どっちも似合うと思いますよ。ピアノでもフルートでも、とっても絵になるし」


率直な意見を述べると柚木は苦笑した。


「絵になる・・・か。お褒めの言葉、ありがとう」


「いえ」


香穂子は、赤くなった。

もっと気のきいたことでも言えればよかったと思った。


「君はピアノは弾かないの?ヴァイオリンだけ?」


「はい。わたし、楽器って全然、やったことなくて。

だから、今回のことも、すごく、びっくりして・・・・」


香穂子は慌てて口を抑えたが、柚木は気づかなかったようだ。


「コンクールに出てみてどう?」


いきなり話が変わったので香穂子は戸惑いつつも答えた。


「最初、選ばれた時は、やっぱり、場違いだなって思ったんです。

でも、第1セレクションが終わって考えが変わったんです」


「どういう風に?」


「うまく言えないんですけど、ヴァイオリンを弾くことが楽しくなったというか、

初めの頃は、ただ義務感だけで弾いてたからちっとも楽しくなくて・・・・

どうして、わたしがコンクールになんかでなくちゃいけないの!?って」


柚木はティーカップに口をつけた。


「そうだよね。君には相当な重荷だったと思うよ。

人前で、しかも、あんな大勢の前で弾くことは勇気がいる。

下手に弾けば非難と中傷を浴びせられ、

上手に弾けば、今度は嫉妬され、過度に期待もされる」


香穂子は、神妙に頷いた。


「そうですね」


柚木はティーカップを置いた。


「今からでも遅くないよ。コンクールを辞退したらどうかな?」


「え!?」


思ってもみなかったことを言われて香穂子は驚いた。


「僕はね、君には負担がかかりすぎると思うんだ。

普通科からコンクールに出ることによって、しなくてもいいことをして、

友達と遊ぶ暇もないんじゃないかい?授業も音楽科より多いしね」


「いえ、負担だとは思ってません。そりゃ、今は友達と遊ぶ時間はとれないけど」


「それじゃあ、聞くけど、君はコンクールが終わったらどうするの?」


「は?」


柚木は楽譜を手にとり立ち上がった。


「ヴァイオリン・・・・コンクールが終わってからも続けるのかい?」


「それは・・・・・」


そんなこと考えたこともなかった。

今、一生懸命、やることしか考えていなかったから。


「君にとって、ヴァイオリンはコンクールが終わるまで、だけのものじゃない?」


香穂子は柚木を見上げた。


柚木は微笑している。


(どうして笑ってるの?柚木先輩、なんだか、いつもと違う?)


柚木は香穂子の前で楽譜を破り捨てた。


「!?」


香穂子の目の前に楽譜の紙片がひらひらと舞い落ちた。


「どうして!?」
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