金色のコルダ

□Prelude2
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もう、4時間も、ぶっ通しで弾き続けている。



(違う、こうではなかった)


月森は、屋上で聴いた香穂子の音を思いだそうと何度も同じ曲を弾いていた。

月森にとって、この曲は、今更、練習するほどの曲ではないのに。

1曲、弾き終えないうちに、月森は、またもや途中でヴァイオリンを肩からおろしてしまった。


何が違うのか、わからない。

技術は、自分の方が、ずっと上なのに。

いや、比べ物にならない。どうみても自分の方が上だ。

それなのに、月森には、どうしても、香穂子の奏でたメロディが頭から離れなかった。

何度、弾いてみても、音が違う。

満足感が得られない。

このままでは、眠れそうになかった。


(日野香穂子・・・・・もう一度、君のヴァイオリンを聴いてみたい)


月森は、いてもたってもいられず携帯電話を手にとった。






気にかかる。


香穂子は、バンドエイドを貼った人差し指を見つめた。


(もしかして、悪いことしちゃったかなぁ?)


「柚木先輩、怒ってた?」


せっかく、好意で楽譜をくれたのに、弾けないからといって

返してしまったことを香穂子は悔やんでいた。


「別に、返す必要なかったかな?今は弾けないけど、いつか弾けるようになるかもしれないんだし」


なんだか、すごく失礼なことをしてしまったかもしれない。

だから、柚木らしくない乱暴なやり方で楽譜を香穂子から奪い返したに違いない。


「明日、謝らなきゃ」


そう考えると、少し気が楽になった。


「よし、寝よう!」


そう思って、ベッドに寝転んだ瞬間、階下から香穂子を呼ぶ声がした。


「香穂、電話よ」


「はぁい。誰だろ、こんな時間に」


時計を見ると、もう夜の11時近かった。


急いで階下へ下りると、香穂子の姉が、にやにやとヘンな笑い方をして受話器を持っている。


「なによ、ヘンな笑い方して」


「あんたも隅に置けないわねー」


「?」


「はい、とっても礼儀正しい男の子から電話よ」


「へ?誰だろ?」


香穂子は首を傾げながら受話器を受け取り耳にあてた。

受話器から聴こえてきたのは、思いもよらない人物からであった。


「月森だが・・・・夜分、遅くにすまない」


「月森くん!?」


驚きすぎて、声が1オクターブも跳ね上がった。


「ふ〜ん、月森くんていうんだ〜」


香穂子の姉は、からかった。


「お姉ちゃん、ちょっと、あっちいってて!」


「もしもし、ごめんね。あの・・・・何か用?」


「すまなかった。だが、どうしても、もう一度、聴きたいと思って」


「へ?何を?」


「君のヴァイオリン・・・・・どうしても、もう一度、君が今日、弾いた、ロンドカプリチオーソが聴きたい」


「今から!?」


「だめだろうか?」


香穂子は月森の切羽詰ったような感じが気になったが、
こんな時間にヴァイオリンを弾くわけにはいかなかった。


「明日じゃだめかな?ほら、もう遅いし」


香穂子がそう言うと、月森は驚いたように聴きかえした。


「今、何時だろうか?」


「夜の11時になるよ」


「!?・・・・気づかなかった」


月森の家には時計がないのだろうか、と香穂子は一瞬、バカなことを考えてしまった。


「すまない。帰宅してからずっとヴァイオリンを弾いていたから」


今度は、香穂子が驚く番だった。


「ずっとって・・・・・もしかしてご飯も食べないで?」


「忘れていた」


前に、月森が言っていた。一日に、4,5時間は練習すると。


(あんなに上手なのに・・・・)


「月森くん・・・・・すごいね」


香穂子が言うと、月森は語気を強めた。


「『すごい?』君から、そんな言葉は聞きたくない」


「え?」


香穂子は、困惑した。何か、まずいことでも言ったのだろうか?


「どれほど練習しても、君のような音がだせないのに」


月森の声は、苦しそうだった。


「月森くん・・・・・わたしのヴァイオリンなんて、月森くんに比べたら、全然、ダメだよ?」


香穂子の言葉に、月森は何を考えているのか・・・・・。

しばらくの間、月森は無言だった。

香穂子も何を言っていいのか、わからず、ただ受話器を握りしめるしかなかった。

そして、どのくらいたっただろうか。月森が疲れたような声で言った。


「悪かった。急に、電話して」


「ううん。あの・・・・・どうして、家の番号、わかったの?」


「金澤先生に聞いた」


「あ、そうか」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


それ以上、言うべき言葉がみつからず、香穂子が黙っていると、

月森は『それじゃ』と告げて電話を切ってしまった。


香穂子も受話器を置くと、待ち構えたように姉がドアを開けた。


「何、何、何の話だったの?」


「なんでもないよ!!」


香穂子は怒ったようにそう言うと、階段を駆け上がった。


「何、怒ってんのよ、香穂ったら」


姉は首を傾げた。
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