俺はかつて生きてきた人生の中で、これほどまでに緊張した事はない。

どうしよう━━━。

社長室のドアの前で、不審者よろしくぐるぐるとひたすら徘徊し続ける。

世の中の女共はすごい。
例えば後輩のイリーナなんかは数日前から妙にウキウキして、緊張どころかこの土壇場を楽しんでいる様子さえ見受けられた。
肝が据わっているというか……そういう面では女は強いのだと痛感する。
残念ながら、俺にそんな心の余裕は全くない。




【broken heart:ルーレノ】




正月が終われば、次に待ち構えているのはバレンタインデーだ。
今年はルーファウスと付き合って初めてのそれを迎える訳で、世間の騒ぎに則り俺も一応チョコレートとやらを用意してみたのだ。

しかも、手作り。

……頼む。何も言わないでくれ。
いい年こいた男が痛いとか、自分がいちばん良く分かっている。

けれど、ルーファウスは立場上毎年チョコをわんさか貰う。
義理と分かってはいてもいい気はしない。だから俺だけは他と違うものをあげようって思ったんだ。

ただ、問題はその、チョコなんだが━━━。

「━おや、レノじゃないか。そんな所で何をしている」

「ぎゃっ!!」

眉間に皺を寄せ、溜め息を吐いたところでエレベーターが到着し、中から正に悩みのタネである本人が現れたのだ。

「『ぎゃっ!!』とは何だ。恋人に向かって失礼な奴だな」

訝しそうな眼差しをこちらに向けながら、ルーファウスはドア脇のパネルに暗証番号を入力し、ICカードを通してロックを解除する。

「私を待っていたのなら先に部屋に入っていれば良かっただろう。渡してやったカードキーはどうしたんだ?」

「………」

彼の言葉よりも意識が持って行かれたのは、彼が提げていた手提げ袋の中身だった。
ソファに置かれたそれから、色とりどりにラッピングされた箱や袋が目に入る。

「……あぁ、全て義理だ。気にするな。持って帰ってロッドにでもくれてやれ」

それに……とルーファウスは口角を僅かに上げて、悪戯的な笑みを浮かべ背後から抱き付いてきた。

「お前が持っているその紙袋の中身は、私が貰ってもいいんだろう?」

「あっ、ちょっ……待っ━━━」

止める隙もなく彼の手が伸びてきて、紙袋の中身だけを抜き去っていく。

「ん?まさか……手作りか?」

「……っ、痛い奴だって自分でも分かってるぞ、と。でも……」

言いかけた時、右の目元に素早くキスを落とされた。

「…な……っ!」

「痛い奴だなんて、思う訳がないだろう」

俺の肩越しに小振りなその箱を眺めるルーファウスの声は柔らかくて、どうせ冷やかされるだろうと踏んでいた俺は恥ずかしくて何も言えなくなった。

「本命から手作りのチョコを貰えるなんて、嬉しいに決まってる。ありがとう、レノ」

グリーンのリボンが解かれ、続けて箱の蓋が取られた。
すると、中から現れたのは……真っ二つに割れたチョコレート。

「━━━」

「……冷凍庫で固めたら、その、割れちまって……」

ついつい言葉が尻込みしてしまう。
いびつながらも一応のハート形に、それはもう見事なまでの亀裂が真ん中から入ってしまっている。

これでは当て付けか何かだと取られても仕方ない。

「━やっぱり、街行ってちゃんとしたの買ってくるぞ、と」

箱を奪い返そうとしたところを、すいとルーファウスの腕が逃げていく。

「そんなものは必要ない。だってほら、ふたつに分かれていたら……」

割れてしまったチョコレートの半分を口に含みながら、彼はもう片割れを手にとって……俺の口に押し込んだ。

「こうしてお前と、愛を分かち合えるんだからな」

「………っ!」

ああ……ずるい。そんな勝ち気な笑みを見せるなんて。
この人はどこまで俺を虜にすれば気が済むんだろう。

驚きと嬉しさの衝撃に耐え兼ねて、俺の心まで真っ二つに割れてしまいそうだ。

舌の上で溶け始めたチョコレートのほろ苦さが、やけに甘く感じる。
きっとこれが、恋の味。




拍手ありがとうございましたm(__)m


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