【長編】暗殺×首無 戦争コンビの抑止力は、椚ヶ丘の落ちこぼれ side暗殺教室

□始まりの時間
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 それは突然現れた。今日もいつものように、暗い表情をしている生徒たちと、無駄に明るい新人教師、雪村あぐり先生と、なんら変わりない生活を送るのだろうと思っていた時。
 なぜかE組に入ってきたのは、無駄に明るい雪村先生ではなく、黒スーツに囲まれ、銃を突きつけられているタコのような黄色い生き物だった。

(………は?)

 言葉にこそ出さなかったが、まさにそんな心境だった。雪村先生はどこ行った?この黄色いアカデミックドレス着てるタコは何?なんで銃口突きつけられてんの?ていうか、なんでこいつ、銃口突きつけられてるにも関わらず笑ってんの……?
 あまりにも非日常としか言えない状況に困惑しながら、タコのような謎の生き物を見つめる。

「初めまして。私が月を()った犯人です。来年には地球も()る予定です。君達の担任になったので、どうぞよろしく。」

 よくわからないままに、黄色いタコのような謎の生き物を見つめていると、それはそんなことを告げてきた。E組全員が無言になる中、私はこんなことを思った。きっと、このクラス全員が同じことを思っていただろう。

  “まず5・6か所ツッコませろ!!" と。普段は何事にも無関心で、周りのことなど気にしていない私であっても思ったんだから、何事にも無関心というわけじゃないみんななら、余計にそう思うだろう……多分。

「防衛省の烏間という者だ。まずは、ここからの話は国家機密だと理解頂きたい。」

 微妙な雰囲気になってる中、スーツを身に纏う男性が、静かに口を開いた。その表情には、こちらの困惑を悟っているような、自分自身も困惑していると言ってるかのようなものが浮かんでいる。
 国家機密って、なんかヤバい話が舞い込んできたな。確か、ここをいじれば、一時的に盗聴器を切れたはず……。私を養ってくれている情報屋に、聞かれたらまずい内容だと判断して、軽く耳飾りを弄う。

『はいはい切らないでねソラちゃん。なかなか面白い話になってるみたいだし、俺も聞かせてもらうから。まぁ、そっちで切っても、すぐにこっちから電源入れることができるし、無駄なことはしない方がいいよ?』

(み゛!!?)

 だが、それは突如聞こえてきたザヤくんの声により阻止されてしまった。え?ちょっと待って?これ、通信機にもなってんの!?

『軽くカスタマイズしてもらったんだよ。あ、安心してね?俺の声が聞こえるのはソラちゃんだけだから。ピアスに特殊なマイクとスピーカーを仕込んでて、それを身につけてる人間のみに届くんだって。いやぁ、ほんと、君のお兄さんってすごいもの作るよね。』

 周りに聞こえる聞こえないの問題じゃない!!と怒鳴りたくなった。でも、ザヤくんと話してることがバレたらめんどくさいことになるのは確定なため、黙り込むことしかできない。
 ていうか、知り合いのメカニックって私の兄かよ。なんつーもん作ってザヤくんに渡してんの兄さん……。

『国家機密級の内容か……面白そうな内容ではあるね。厄介事なのは間違い無いけど。防衛省が出張ってるなら尚更。うーん……カメラも起動したいけど、昨日、改造してもらうために持っていったから、まだ昨日分の映像を回収してないんだよなぁ。撮れるっちゃ撮れるけど、昨日分の映像はまるまるデリートされちゃうし……。あ、そうだ。今度、翠星(すいせい)君に、録画するためのカメラじゃなくて、モニターに直接映像を送るタイプのカメラをピアスに搭載してもらおうかな。その方が、USBに落とし込み易いし、楽なんだよね。』

 ザヤくん……あまり私の兄に妙なものを作らせないでくれないかな……?危ない仕事させないで……。そう思ってはいるけど、今抗議するわけにもいかず、黙り続ける。視線は常に防衛省の人と、黄色い謎のタコのような生き物に固定して。

「単刀直入に言う。 この怪物を、君達に殺して欲しい!!

 ……何て?ザヤくんとの突然の通信に驚きつつも話を聞こうとした瞬間、烏間さんにそんなことを告げられて、意味が分からず固まってしまった。

『殺して欲しい?教師を?カメラ起動できないから状況が飲み込めないな……。ソラちゃん。今目の前に、防衛省以外の奴いたよね?そいつの特徴とか知りたいから、外見を口にしながら質問してくれる?』

「……すみません、烏間さん。お隣にいる謎の黄色いタコのような生き物なんなんですか?タコ型の地球外生命体?」

「失礼な!生まれも育ちも地球ですよ!確かにタコみたいな見た目してますけどね。」

『………は?』

 ザヤくんの指示に従い、外見を口にしながら質問をしてみれば、謎の黄色いタコのような生き物がプンスカ怒る。

「茹で蛸。」

「体の色を変えれますからね。」

 ポツリと呟いた言葉に対してもご丁寧に説明をしてくれた謎の生き物。なんなんだこいつ。いや、ほんとなんなんだこいつ。

『意味わかんないんだけど?』

 うん、私も意味がわからない。やっぱり直接モニターに映像を送れるようにしてもらった方が状況を読みやすいなとかぶつぶつ通信機の向こう側で呟いてるザヤくんに同意しながら、防衛省の人に目を向ける。

「すみません、状況の説明をお願いできますか?ちょっとよく飲み込めないんで……。」

((((流石空親/蘆屋/蘆屋さん!!どんどん質問してくれる!!))))

 クラス中から尊敬というか、よくやった的な視線を向けられながらも、とりあえず状況を理解するために、烏間さんに質問をする。烏間さんは、小さく頷き、静かに口を開いた。

「国家機密のため、詳しい事を話せないのは申し訳ないが、こいつが言った事は真実だ。月を壊したこの生物は、来年の3月、地球をも破壊する。この事を知っているのは各国首脳だけ。世界がパニックになる前に…秘密裏にこいつを殺す努力をしている。」

 やっぱり、詳しい内容は教えてもらえないのかと思いながら、烏間さんを見つめていると、彼は徐に懐から何かを取り出した。よく見るとそれは、ナイフ……の形をしている何かだった。 

「つまり、暗殺だ。」

 烏間さんは取り出したナイフの形状をしている何かを、黄色いタコみたいな生き物目掛けて振りかぶる。だが、その攻撃はタコが当たる前に一瞬にして躱したため、当たる事はなかった。

「だがこいつはとにかく速い!!殺すどころか眉毛の手入れをされてる始末だ!!丁寧にな!!」

「『……ツッコミを入れていいところかな?』」

 そのあとも繰り返し彼はナイフらしき何かを無駄のない動きで使い、タコを攻撃し続けるが、残像が残るくらいの速さで動き回るタコがハサミやピンセットを触手()に持って、攻撃してくる相手の眉毛を手入れしている。
 ……なんで眉毛の手入れ?ますます訳がわからなくなってきたんだけど?

『面白いと言っていいのか、意味がわからない、非現実的すぎると頭を抱えたらいいのか……。俺まで混乱してきたんだけど?』

 微妙に疲れているような、呆れているような、困惑しているようなザヤくんの声。彼がこんな声を出すとは珍しい。なかなかに愉快なことになってきた。引き換えに頭が痛くなってきたけど。

「ちなみに、最高速度って分かります?」

「ああ。満月を三日月に変えるほどのパワーを持つ超生物だ。最高速度は実にマッハ20!!つまり、こいつが本気で逃げれば、我々は破滅の時まで手も足も出ない。」

『……ごめん。もうわけわからなくなってきた。この世にまさか俺でも理解不能な出来事があるとは思いもよらなかったよ。面白いし、興味を惹かれないかと言われたら嘘になるけど、多分、理解する前に頭がパンクすると思うな。』

 ……ザヤくんが弱気な発言をするとかどんな状況だ。まさかの事態に私まで混乱する。なんだこれ。なんなんだこの状況。ザヤくんでも理解できないならこの世のほとんどの人間が理解できないってことじゃん。

「ま、それでは面白くないのでね。私から国に提案したのです。殺されるのはゴメンですが…椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいと。」

(((((何で!?)))))

『ますます状況がわからなくなった。』

(私もますます状況がわからなくなった。)

 超破壊生物が、なぜE組の担任をすると言ったのか……。多分、何かしらの理由はあるんだろうけど、その理由はなかなか思いつかない。そもそも、なんで破壊生物がE組を知っていたのか、まずはそれから紐解かなくてはならない。紐解くにはピースが足りなさすぎて、推測すら立てることもできないけれど。

「こいつの狙いはわからん。だが、政府はやむなく承諾した。君達生徒に絶対に危害を加えない事が条件だ。理由は2つ。教師として毎日教室に来るなら監視ができるし、何よりも、30人もの人間が…至近距離からこいつを殺すチャンスを得る!!」

 誰もが混乱し、困惑し、状況を読み取るために頭を回していく中、烏間さんの言葉が教室に響く。その言葉に、このE組にいる生徒たちは、謎のタコ型怪物が、なんでうちの担任になるんだとか、どうして自分達が暗殺なんかしなくてはならないのかと抗議する。当然の反応だ。怪物を殺す術など知らないし、何より私達はみんな、暗殺などと言った仕事なんてした事がない。経験なんて一つもない子供に、政府はなぜ暗殺を任せるのか……疑問が尽きないのも無理はない。
 だが、そんな皆の声は、烏間さんが口にした、次の一言によりかき消される。

「成功報酬は百億円!」

((((¥!?))))

『なんか静かだけど……?』

「……皆目がお金になってる………。」

『あ、なるほどね。そりゃ当然だ。百億円なんて大金、まともに仕事をしていても手に入るもんじゃない。それこそ、大手会社の社長とか、財閥の会長とか、グループの社長や会長クラスでなければ無理な金額で、好きなだけ遊んでもなかなか減らない額だからね。』

 ポツリと違和感など見せないように、全員の状況を呟けば、こちらの音を拾ったザヤくんが、納得したように言葉を返す。

「当然の額だ。暗殺の成功は冗談抜きで地球を救う事なのだから。」

 生きている中、転がり込むはずのない大金の提示に固まる中、烏間さんが口を開く。同時に彼は、隣にいる破壊生物へと目を向けた。それに従うように、私も破壊生物へと目を向けてみれば、なぜか緑と黄色のしましま模様を体表に浮かべているそれがいた。

「幸いな事に、こいつは君達をナメ切っている。見ろ。緑のしましまになった時はナメてる顔だ。」

((((どんな皮膚だよ!?))))

「ツッコミどころ満載の教師だなこのタコ……。」

 もはやこれしか言葉にできない。ここまでツッコミのオンパレードを叩きつけたくなる生き物なんて、人間でもなかなかいない。本当に生まれも育ちも地球なんだろうか。説明を聞く限り、人外としか思えないのだけど。

『なんらかの研究が非公式で行われていて、それの影響でヘンテコな怪物が生まれたのかな。そんな研究、見つかるかわかんないけど、試しに探ってみるべきか……いや、今はまだ様子見がいいか。調べる価値があったら調べるとして、今はソラちゃんの安全が第一だからね。まぁ、危害を加えないという条件で話をまとめているなら、滅多な事じゃそんな事にはならないか。』

 キーボードを叩く無機質な音が聞こえる。ザヤくんの呟きから判断すると、こんな怪物が生まれるような非公式の研究を確かめようとしたのだろう。まぁ、すぐにやめたみたいだけど。
 調べるためにはピースが足りないというのもあるだろうけど、今はまだ、厄介事に首を突っ込むより、別のことに集中したいというのもあるのかもしれない。スリーピー・ホロウや、ワルキューレの事を調べてるのを見たことあるし。多分、セルティ姉さんに興味を向けているのにも関係あると思われるけど、まぁ、私が首を突っ込むべきもんじゃないから無視してるけど、妙な事にだけは巻き込まないで欲しい。
 妙な事件に現在進行形で巻き込まれてはいるけど、これ以上増やさないで欲しい。

「当然でしょう。国が()れない私を、君達が()れるわけがない。最新の戦闘機に襲われた時も、逆に空中でワックスをかけてやりましたよ。」

((((だから、なぜ手入れする!?))))

「……手入れが趣味なの?」

 眉毛を丁寧に整えたり、戦闘機をピカピカにしたり……このタコは一体何がやりたいのか……。謎が深まるばかりである。

「そのナメ切ったスキをあわよくば君達に突いて欲しい。君達には無害で、こいつには効く弾とナイフを支給する。君達の家族や友人には絶対に秘密だ。とにかく時間がない。地球が消えれば、逃げる場所などどこにも無い!」

「そういう事です。さあ皆さん。残された一年を有意義に過ごしましょう。」

 ヌルフフフと独特な笑い声を漏らす怪物教師に目を向けて、誰もが黙り込む中、次々と自分たちの席に、ナイフと弾丸と、弾丸を撃つための銃一式が置かれていく。
 波乱万丈の非日常の幕が、今上がろうとしている。標的(ターゲット)は超破壊生物の謎の教師。私達はそれを討つために動かされることになる暗殺者(アサシン)

 まさかこんなことになるなんてね……そんな事を少しだけ考えながら、私は脳内で軽く謝罪する。“すみません。この国家機密、うちの保護者に筒抜けになっています”……と。
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