【長編】暗殺×首無 戦争コンビの抑止力は、椚ヶ丘の落ちこぼれ side暗殺教室

□始まりの時間
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 池袋某所。いろんな人々が行ったり来たりを繰り返す中、大きな物音が響き渡った。なんだなんだと驚く人々が、物音の方へと目を向けてみると、そこにはなぜか道路標識が。
 道路標識のすぐ近くには、一人の青年が立っている。余裕そうな笑みを浮かべていながらも、僅かながらに汗を流している彼は、眉目秀麗を体現したかのような存在だ。おそらく、この異常な光景の中でなければ、多くの女性たちに騒がれているだろう。……だが、今の現状で騒げる人間などいないわけで。

「これで一体おいくら万円の被害総額?毎回思うけどさぁ。何でもかんでも投げ飛ばすのは良くないよ?」

「手前が現れなかったら被害なんざでねぇんだよ。なんで池袋にいやがるんだ臨也ぁ!!」

 美麗な青年が視線を向けている先には、別の青年が立っていた。その青年は、金髪に紫レンズのサングラスを身につけており、なぜかバーテン服を身に纏っている。サングラス越しでもわかる端正な顔には、青筋が浮かんでおり、誰からどう見ても不機嫌とわかる。殺意も相まって、かなり恐ろしい。
 誰も近づくことができない、一触即発の……いや、一方的な殺意だろうか?とにかくおかしい状況を作り上げているのは、平和島静雄という青年と、折原臨也という青年である。
 この二人は同い年だ。同い年であり、犬猿の仲である。顔を合わせれば即戦闘。街中にはあらゆるものが飛び交い、同時に刃が振られる。どこの誰がつけたのかはわからないが、24時間戦争コンビと、裏では言われているそうな。

『……またやってるのか、あの二人は。』

「セルティお姉さんお疲れ〜。」

 今にもおっ始めようとしている二人組。彼らの争いが苛烈であることを知っている池袋の人々は、慌ててその場から退散する。だが、そんな中、退散しない存在がいた。それは、二人組の女性である。
 一人は黒のライダースーツと、猫の頭のような形をした、黄色のフルフェイスメットを被るグラマーなスタイルの女性。もう一人は中学生くらいの愛らしい少女だ。
 まぁ、その少女もローズマダーという赤色の一種とも言える瞳をしており、瞳孔がまるで猫のように細いため、異質さがあるといえばあるのだが……。

『ああ、ソラか。ありがとう。学校帰りに遊びに来たのか?』

「うーん……というよりは、ザヤくんに会いに来たかな。ちょっと学校で面倒なことになっちゃったから。」

 ライダースーツを見に纏う女性、セルティ・ストゥルルソンは、自身に話しかけてきた少女、蘆屋空親に言葉……ではなく、手元にあったPDAに文字を打ち込み話しかける。
 彼女の質問を見た空親は、苦笑いをこぼしながら、遊びに来たのではなく、一触即発状態の二人組のうちの一人、臨也に用があるのだと告げた。
 その言葉に、セルティは一瞬思案するように固まる。しかし、すぐにそういえばこの子は何故か臨也に養われてるんだったと思い出しては、なるほどと納得する。
 学校でトラブルが発生したのであれば、形式上では保護者となっている臨也に話さなくてはならないのは確かだ。何故臨也が彼女の保護者をしているのかはわからないが。

『それなら、早めに止めないといけないな。』

「うん。まぁ、私が近づけば、それだけで二人の動きは止まるんだけどね。」

 臨也がこの少女の保護者をしている理由はなんだったかと考え込んでいると、空親は小さく溜息を吐いたあと、睨み合ってる二人組の元へと足を運んだ。

「ザヤくん。シズくん。」

「「あ?/ん?」」

 不意に聞こえてきた少女の声に、臨也と静雄はすぐに反応して、声の持ち主の方へと目を向ける。それにより絡み合ったローズマダーの視線。先程まで、一触即発ですぐにでも殺し合いに移行しそうだった雰囲気は一瞬にして霧散した。

「ああ、ソラか。学校帰りか?」

「おかえりソラちゃん。今日も学校は楽しめた?」

 同時に穏やかな雰囲気に包まれる臨也と静雄の二人組。遠巻きにそれを見ていたセルティは、相変わらず空親は臨也と静雄を落ち着かせる不思議な力があるな……と考えながらも、平和的に終わりそうな様子だとその場を後にした。

「楽しめたけど、ちょっと厄介ごとになった。楽しみすぎるのも良くないね、やっぱ。」

 セルティがこの場から立ち去る様子をなんとなく感じ取りながらも、空親は今日あったことをぽつりぽつりと話し始める。どうやら、彼女曰く、いい成績を取り続けていたけど、だんだん決められた作業を常にこなしていくという生活に飽きを感じてしまい、つい授業を何度もサボってしまったようだ。別に勉強しなくてもいい成績は簡単に取れるけど、あまりにも授業に出席しなかったため、注意を受けたらしい。

「まぁ、俺が教えたもんね。中学レベルから高校レベル、最終的には頭がいい生徒ばかりが集まる有名な大学で出されるようなハイレベルな勉強まで全部。だから授業に飽きちゃったのかもね。」

「……暇だからって授業サボるなよ………。」

 彼女が告げた言葉を聞き、臨也は仕方ないと笑い、静雄は呆れたような目を空親に向ける。

「だってめんどくさいんだもん。まぁ、うちの学校の教師ってアホばっかで、自分たちの保身に走る上、いい成績さえ取ってれば、基本放置してくれるんだけどさぁ。」

 楽しげに笑う臨也と、呆れた目を向けてくる静雄の二人に対して、肩を竦めながら、学校がつまらないことを告げる空親。その姿に、静雄は一瞬、笑ってる臨也に目を向ける。こいつ、日に日に臨也に似てきていないかと。

「なに?」

「……日に日にソラが手前に似てきてるから将来が心配なんだよ。」

 その一瞬の視線にもめざとく気づいた臨也が、静雄に声をかければ、静雄は空親の将来が心配になってきたんだと告げる。長く時間を共に過ごしていくと、こうまで人間は一緒に過ごしてきた人間に似てくるのかと、その表情からは読み取れた。

「そう?まぁ、ソラちゃんなら大丈夫だと思うよ?”こっち側の世界”には、なるべく近づけないようにしてるから。」

 静雄の懸念を聞いた臨也は、すぐに空親なら自分のような道に走ることはないと告げる。だが、静雄からは懸念の表情は消えていない。今はまだ大人しめの臨也ではあるが、いつ、どのようなタイミングで、自身にも害があるような行動に出るかわからない、つかみどころのない雲のような同級生。
 もしかしたら、いつの日か空親までも巻き込んで、東京中を引っ掻き回すかもしれないと、考えない日など彼にはなかった。静雄にとって、空親はいわば年の離れた妹分。そんな彼女が、臨也と同じ道に走ったらと思うと、微妙な顔をせざるを得ないのである。

「まぁ、サボりについては注意だけで済んだんだけど、結構うちの学校って、いじめみたいなものが横行してて……目の前でそれやられたからなんかイラっとしたっていうか……まぁ、生…」

「うん、それ以上は言わないでおこうか?女の子がそんなこと言ったらダメだから。ど直球じゃなくて濁そうね?」

「………ちょうどイライラウィーク中だったとか?」

「そうだね。その方がまだマシかな。学業は全て終わってる俺たちはそれで十分伝わるから。」

 ……臨也がちゃんと保護者してんの、なんか気持ち悪……と一瞬静雄は思ったが、あえて黙り込み、空親に目を向ける。イライラウィークっつーと……あれか。月一の。確か重いって言ってたもんな……なんて、いつだったかイライラしまくってる彼女にプリンをあげた時のことを思い出しながら。

「ただでさえイラついてんのに、碌な点数すら取れない先輩が寄ってたかって生徒いじめてんだもん。なんかムカついたから、その先輩方をちょっとボコっちゃったんだ。そしたら担任から受験生じゃない生徒ならともかく、3年A組の受験生に手を挙げるとは何事だって言われてさ。今年は多めに見てもらえるみたいだけど、3年からは特別強化クラスのE組行きって言われた。まぁ、別にいいけど。A組にいるのって疲れたから。あE組って、いわば落ちこぼれ扱いされる場所でね。常にA〜D組の生徒からいろいろ言われるみたいで。なんか、A組の生徒がいじめてたのが、そのE組の生徒だったらしいんだけど。」

「なるほどね。」

 空親が厄介なことになったと言った理由を聞いて、納得したように呟く臨也。つまり、彼女の話をまとめると、ちょうどイラついている時に落ちこぼれな生徒を助け、頭のいい受験生を殴った結果、落ちこぼれ生徒がいた場所に落とされることになった、ということらしい。
 そう言えば、なんか椚ヶ丘の学校で、妙な制度あったな、と頭の片隅に浮かべながらも、淡々と説明する空親の頭を撫でる。

「今日の報告はこんなもんかな。」

「ん、了解。いつも通り丁寧な報告だね。じゃあ、俺はちょっと仕事してくるから、池袋で自由に遊んでなよ。帰りにちゃんと迎えにいくからさ。」

「はーい。」

 毎日恒例の報告会を終えた空親と臨也。俺そっちのけだなと、静雄は無言でその様子を眺める。しかし、不意に彼は臨也から視線を向けられた。

「んだよ。」

「シズちゃん、ここにいるってことは今日仕事ないんだろ?だったらソラのこと頼める?この子、中学生の割には大人びてるせいで変な奴にナンパされやすいから、ボディーガードしといて。俺が戻るまで。」

「は?」

 唐突な申し出に、思わず声を漏らす。だが、臨也は彼に何かを告げることなく、要件だけを伝えて、その場からさっさと立ち去っていった。
 残された静雄と空親の二人は、臨也が消えていった人混みを無言で見つめながら動きを止める。しかし、すぐに互いの顔を見合わせて、何度か瞬きをした。

「………茶でもするか。茶店も近いし。」

「……だね。」

 どうするべきかわからなくなってしまい、とりあえずどっかでお茶にでもするかと提案する静雄。空親はその言葉に小さく頷いたあと、二人して人混みの中へと消えていく。だが、人が多くひしめき合うこの街中では、小柄な空親は人の波に押し流されそうになる。

「ソラ。」

 大変そうな空親に、静雄はゆっくりと近寄り、自身の服の裾を指差した。それが何を意味するものが知っているため、空親はすぐにその裾を掴む。それを確認するなり、静雄は喫茶店へと向かうために足を運び始めた。
 ただひたすらに流れていく平穏な時。街には変わり種がいくつか存在しているが、それでもひたすらにそれぞれの物語は進んでいく。
 新たな物語が、この平穏な生活に近づいてきていることなど、誰一人として気づかないままに。
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