倉庫(ノマカプとか)

□いつか見つかるその日まで
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気が付いたら私はそこに立っていた。
「ここ、何処……」
「何処…って、飛空艇だろ?」
私の問いに男が答えた。精悍な顔立ち、頭のバンダナに目がいく。ソファーにゆったりと腰掛けていた彼が私を見上げていた。
「それは、分かるけど……」
問題はどうして飛空艇にいるか、だ。
乗り込んだ記憶なんてないし、そもそも一般人がそう簡単に乗れる代物ではない。
「俺も分かんねぇんだ。気付いたらここに座ってた」
「そう…」
あれ、このやりとり。
奇妙な既視感。ぐらりと揺れる視界。
以前にも同じ会話をした事があった気がする。
「なんか忘れてる気がするんだよな…」そう呟いた彼にハッとする。
急いで携帯を取り出し、リダイヤルする。
プルルルル、プルルルル
機械音だけが聞こえる。
何度かけても繋がらない携帯。そう、私はさっきまで必死に電話をかけていた。彼が出てくれるのを必死に祈って、彼の声が聞きたくて。
「…それ、誰にかけてるっすか?」
背後から声をかけられた。振り返ると少しぽっちゃりした若い男と、スタイルのいい女性がいた。2人もバンダナを頭に着けていた。最近ミッドガルで流行ってただろうか。
「誰って……」
決まってるじゃない、この電話帳に書かれてる彼。大切な大切な。
「あ、れ……」
頭がぐらぐらとする。思い出せない。
この名前の彼はどんな顔でどんな声で、どんな人だったのか。
「帰らなきゃ…いけないの」
かえりたい、かえらなきゃ。その想いだけが私の胸を締め付ける。待っている誰かの元へかえりたかった。
「貴方も、帰りたいでしょ?こんなところになんでいるのよ私たち…」
頭を抱える。おかしくなりそうだ。3人に問えば頷いた。
「当然だ。俺を待ってる奴らがいるんだ」
「かえらなきゃ…だって、待ってるんだもの…」
「俺もっす。こんな飛空艇、いつまでもいちゃいけないっす」
「それは、誰…?」
3人の顔が歪む。精悍な顔立ちの男の方が苦しそうに言葉を吐き出した。
「覚えて、ねぇよ」
ああ、そうか。皆覚えてないんだ。
大切な事を忘れてここにいる。
「…かえりましょう。どっからか出られるはずよ」
「そうっすよ‼とりあえず辺りを探すっす」
「降リルコトハデキマセン」
言葉と共にドアが開いた。視線を向ければロボットが4つのグラスを乗せた盆を持って現れた。グラスの中には血のような赤い液体が並々と注がれていた。
「薬ノ時間デス」
「何、これ…」
このロボットは何?薬って何?薬の時間って…
「何の薬っスか、これ」
「思イ出サナイ為ノ薬デス」
「こんな得体の知れない薬、誰が飲むかってんだ‼」
ロボットに詰め寄り男は怒声を飛ばす。当たり前だ、私たちは思い出したいのに。それを思い出さないための物を誰が飲みたい。
「飲マナケレバ絶対ニカエレマセン」
その場にいる全員が息を呑んだ。
「どういう、意味?帰れるの?」
「カエレルカ、カエレナイカ、マダ分カリマセン。デスガ、飲マナイト、絶対ニカエレマセン」
これは何。気が付いたら飛行船の中、薬を強要されて記憶をなくす。まるで映画の世界に放り込まれたような気分。それも三流の。
「1つ、教えて」
「質問ハ一度キリデス」
「この飛空艇、何処に向かってるの?」
「漂流、シテイマス」
静寂が部屋を包んだ。漂流している。行く宛もなくただ彷徨っているというのだろうか。
「ミッドガルハ傷付キマシタ。大勢亡クナリ、行方不明者モ沢山、イマス」
「何が、あったというの」
「……薬ヲ飲ンデクダサイ」
質問は一度きり。答えないロボットはお盆を差し出す。少し太った男がグラスを取って私と彼に向ける。
「おとなしく飲む他ないっすね」
頷いてグラスを取る。これを飲んだらどうなるのだろう。また気がついたらここにいて、顔も浮かばない彼に電話をかけるのだろうか。
「ここに書いておこう。俺たちは漂流して、記憶をなくし続けてるって。次に俺たちが目を覚ましたら、次の質問をするんだ。そうやって、ここから抜け出してやる」
精悍な顔立ちの方がそう言った。力強い彼の発言に私たちは帰れる気がした。
「…ねぇ、それ、もう何処かにあるはずよ。だって、忘れてるって事は、これ、何回も繰り返してるってことでしょう?」
若い女性がそう言う。
「確かに、今考えついたって事はさっきの俺たちも同じ結論に至ってるはずっす」
「探そう。何回も繰り返した手掛かりがあるはずだ‼」
ぽっちゃりした男が辺りを探し始めた。それに倣い私も動き出した。サイドテーブル、ソファーの下、机の裏。考えられるところは全て探した。
しばらくして4人でそれぞれ見つけた手掛かりを手に集まった。4枚の紙。おそらくあのテーブルにあったメモ用紙を使って遺したのだろう。一つ一つ、確認する。
『忘れる事を選んだのは私達です』
『漂流はいつか終わるっす』
『いつか絶対にかえる』
『世界は続いている』
理解できない。4つのメモは全て一言で何かに繋がる気配を見せなかった。それなのに字は震えており、これを書いた時の私は何を思っていたのかと疑問が浮かぶ。
「帰れなくてもいい、教えて」
言葉が口を突いて出た。私は知りたい。私達に何が起こったのか、私達は何を忘れているのか。
感情などあるはずのないロボットは「ワカリマシタ」と小さく告げる。
差し出された手に触れる。「本当ニヨロシイデスカ」そう尋ねたロボットに頷いて、手のひらと手のひらをぴったりとくっつけた。
晴れていく。頭の中につっかえていた霧がゆっくりとなくなるのを感じた。
ああ、そうか。
頬を涙が伝う。膝に力が入らなくなって、床に崩れ落ちた。
「大丈夫っすか?」男の言葉が遠くで聞こえる。頭が、揺さぶられる。
人は忘れるから生きていける。
辛い記憶を抱えたままでは生きていけないから。だから忘れようとする。
忘れてはいけなかった、忘れたかった。
あの日、空が割れたあの日。灰色の空は音を立てて落ちてきた。
目の前で落ちてきた鉄の空に押し潰された人がいた。頭上から空の上に住まう人が地面に落下したのを見た。
あの時の私は瓦礫の中で呑気に空を見上げて、「綺麗な空」なんて呟いていたっけ。さっきまで必死に掛けていた携帯はとうに壊れていた。
「……っ」
言葉にならない嗚咽が込み上げる。私は帰れない。還れない。
思い出したらかえれない。
思い出したら、ライフストリームに還れない。
「死者モ行方不明者モ、沢山イマス」
「何を、話してるんだ?」
「あの日の事、忘れていた彼の事。全部思い出したの…。私は…」
そこまで言って口を噤んだ。ビッグスとウェッジ、ジェシー、3人を見て私はまた涙が込み上げてくる。
あの日セブンスヘヴンから支柱へ送り出して連絡の取れなくなった3人。いてもたってもいられなくなって追いかけた時にはもう遅くて。空から降ってきた鉄の塊になす術もなく七番街スラムは炎に包まれた。
そうだ、マリンは無事だろうか。あれだけの被害だ、セブンスヘヴンだって無傷じゃすまないだろう。1人でちゃんと逃れてるといいけど。
ジェシーがロボットに掴みかかった。
「ちょっとロボット⁉私にも教えなさい‼」
「…俺も、知りたい。教えてくれ」
「俺もっス‼」
2人もロボットに話しかける。ロボットは逡巡するように暫く黙って、それから手を差し出した。
「……」
沈黙が支配して、3人が顔を見合わせる。何で気がつかなったのだろう。揃いのバンダナなんて、そうそう皆つけているものじゃない。彼らが仲間である証じゃないか。
「……」
「やっと、繋がった」
ずっと電話を掛け続けた相手が目の前にいた。
「はは、は……。こんなの、ありかよ…」
「ビッグス」
彼に声をかける。ビッグスは私を見つめて、頭を抱えた。
「もう二度と会えないと思ったのによ……」
「うん」
「おかしいだろ、嬉しいんだ…」
「…うん」
ビッグスに手を伸ばす。彼は泣きそうな顔をしていた。彼に触れて、努めて笑う。きっとビッグスは精一杯戦ったんだと思う。責任感が強い彼の事だ、逃げるなんて考えもしなかっただろう。
「…これを飲んだら、還れるの?」
ジェシーがお盆からグラスをひょいと取りロボットに問いかける。
「…マダ、還レマセン、マダ、貴方ハ見ツカッテイマセン」
ああ、そうか。私達は何度も同じ結論に至っていたんだ。
薬を飲んで忘れて、いつの日か私達が見つかって星に還れる日を待ち続ける。きっとその頃には誰かが私達に花を手向けてくれるだろう。
グラスを手に取って掲げる。
「…乾杯‼」
「乾杯」
何度繰り返したのだろう。また私たちはこうやって記憶を失う。何度も、何度も。
ライフストリームに還れなかった私たちは何処へ向かうのだろう。
還りたい還らなきゃ。
さあ、世界を巡ろうか。


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