長編小説
□1-7
1ページ/1ページ
武器訓練は午後から行われた。教官がまずお手本として素振りを見せ、その後各自木刀を手に取り、素振りに移った。
始めは木刀で筋力をつけていくことからだというが、自分には少し軽くて困ってしまった。海軍に入ると決めてからの4年間は丸太を切り出して作った太めの棒を振り回していたため、この細い木刀くらいでは疲れない。
何度も素振りをして周りの人たちの腕の動きが遅くなってきた頃、教官から号令がかかり皆で集合した。
「サカズキ、ボルサリーノ。前へ」
自分と同じように息を切らせずに木刀を振っていた2人。その2人が前に出た。皆に次の段階で行う打ち合いを見せて欲しいとのことだった。
なんでも入校テストで先輩を軽くのしてしまったらしい。どうしたらそんな危ないテストになるのか知らないが、それで合格しているのだから海軍というのは実力主義なのだろう。
2人とも木刀を軽く片手で握り、見つめあった。教官が始め、と口にした瞬間、お互いに目にも留まらぬスピードでぶつかり合った。
サカズキが木刀を振りかざせばボルサリーノがそれを受け、ボルサリーノが突けばサカズキはそれを難なくかわす。何が起きているのか、目で追うことすら難しい。その二人の動きに皆唖然としていた。
しかし2人とも楽しそうである。顔から笑みが零れている。狂気すら感じられる笑みを浮かべてボルサリーノが木刀を振り上げたところで
「やめ!」
と教官が叫んだ。
ボルサリーノはつまらなさそうに表情を歪ませたが、すぐに木刀を下ろす。サカズキも大きく息を吐くと、頭の上に上げていた木刀を下ろした。
「まだここまで出来なくても問題はない。おれがキッチリ仕込んでやる」
教官はそう言ってサカズキとボルサリーノに戻るように告げた。戻ってきた2人の顔は少し嬉しそうだったが、アダムは上手く笑うことも凄いと素直に褒めることも出来なかった。
「ちょっと散歩してきます」
「え? 今から?」
ボルサリーノが机から顔を上げた。今は自習時間で、大体の生徒は机に噛り付いて予習復習をしている。そんな中アダムが外出すると言い出し、ボルサリーノはおろかサカズキも驚いたように顔を上げた。
「少しだけ気分転換に」
「ふぅん? 教官に見つからないようにねェ」
はい、とアダムは返事をして寮を後にした。
「ふっ……! ふっ……!」
木刀を振る。何度も繰り返し、腕がキリキリと悲鳴を上げても、前に出す足が震えないように。
今日学んだことを忘れないように。
アダムは教官から許可を取り、訓練場の一角と木刀を貸し出してもらっていた。
考えが甘かったのだ。何が疲れないだ。自惚れにもほどがある。自分がつけていたのはただの筋力であって、技術ではない。体力があってもその使い方を知らない。
慢心だ。素振りだって振るだけなら誰だって出来る。そこにきちんとしたやり方や体の運びが加わって訓練として成り立つのだ。なのに4年間、たった4年間の自主トレーニングだけで何とかなると思っていた。
今日のサカズキとボルサリーノを見て絶望した。自分はあの2人の足元にも及ばない。滑稽だ。特待生ということに胡坐をかいていたのか。自分は特別じゃない。物語の主人公でもないし、選ばれた勇者とかそんなかっこいいものでもない。生まれ変わったからといって何かあるわけでもなく、本当にただの弱い人間なのだ。
ならばそれを努力で補うしかない。いつかロジャーが有名になり、海賊王になり、自分がその息子だとばれる日が来るかもしれない。今のままではその時、サカズキやボルサリーノ、しいてはクザンから逃げられるビジョンが見えない。やすやすと殺されるつもりもないが、本気で来られたら一撃であの世行きだ。
だったら今のうちに出来ることは今のうちにやるしかない。精神力、技術、体力。この3つを中心的に底上げしていこう。
アダムはその後消灯ギリギリまで素振りを行う自主練習を毎日続けた。体の運び、動きが体に染み付いてきた頃、教官からいつもと違う木刀を渡された。桐で出来ているという木刀はとても軽く初めは混乱したが、これで素振りの練習をすると打突のスピードが向上するのだと言われてすぐにその木刀へ切り替えた。
重い木刀を振っているときとは違い、素早く振り下ろせてしまうため一つ一つの動きが疎かになりがちだったが、何度も振って素早い動きを体に覚えさせた。
「なんだァ、素振りしてたのかァ」
ボルサリーノは物陰からアダムの素振りを覗いていた。初めは散歩だ、息抜きだと言われて疑いもしなかったが、何十回と同じような理由で毎日外に出かけていたら誰だって本当は何をしているのか気になるものだ。
「良かったねェ、サカズキ」
そう言うボルサリーノの横にはサカズキが立っていた。
「……こんなことだろうと思った」
「嘘つけェ〜。君のほうが心配してたでしょうがァ」
図星だったのかサカズキはパーカーのフードをぐいと下に引いた。
サカズキは毎日自習時間になると出て行き、消灯時間近くまで帰ってこないアダムを心配していたのだ。
「まぁ、訓練場使ってるし教官の許可も貰ってるでしょォ」
早く戻ろう、と2人はアダムにばれない様に寮へと戻っていった。
のだったが。
次の日アダムが素振りをしていたところにサカズキとボルサリーノがやってきた。
「精が出るねェ」
「……え?」
アダムは信じられないものでも見たかのような表情でサカズキとボルサリーノを交互に見つめた。
「なん……」
「アダムって嘘がヘタクソだねェ。何回も同じ理由で出かけたら、そりゃぁ不審に思うでしょうよォ」
そう言われてしまいぐ、と言葉に詰まった。今まで人を騙す、はぐらかすといったことをほとんどしたことがないためそこまで気が回らなかった。
アダムが気まずそうにしているとサカズキはどこからか木刀を取り出し、アダムへと突進してきた。
「い゛……!?」
アダムは振りかざされた木刀を咄嗟に峰で受け止めた。ギリギリと拮抗状態が続き、何が起きたのか分からないアダムが唖然としていると、突然サカズキがフッと笑って離れていった。
「ただ素振りをしとっただけじゃぁなかったようじゃのぉ」
「へ」
その様子を見てボルサリーノもクスクスと笑った。一人だけ話題に置いていかれている様な気がして首を傾げているとサカズキは木刀を肩に担いだ。
「一人じゃぁ味気ないじゃろう。わしらも付きおうちゃる」
「ちゃんと教官の許可は取ってきたから安心しなよォ」
つまり、自主練習に付き合ってくれるということか。アダムは唇を固く結んだ。初めはサカズキやボルサリーノに力の差を思い知らされたような気がしていたし、実際にそうだった。自分の気概も足りなかったし、努力も足りなかった。しかし、こうして特訓を重ね少しずつ成長出来ていると実感できてきて、いつしかこの2人が自分の中で目標となっていた。
置いていかれたくない。負けたくない。そう思えるようになったのだ。
「……ありがとう」
「わしらは厳しいぞ」
「寝る前の良い運動だよねェ」
その日から訓練場には夜遅くまで3人で打ち合いをする声が響くのだった。