長編小説

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「疲れた……」

 バタン、とベッドに倒れる。その様子を見ていたボルサリーノがとても嬉しそうに笑うのを見て、アダムもへらりと力なく笑い返した。数日一緒に過ごしてみて分かったことだが、ボルサリーノは人が苦しんでいたり困っているのを見るのが好きなようだ。アダムが何かに行き詰るとそれをとても愉快だと言わんばかりに笑顔を向けてくる。はっきり言って悪趣味ではないだろうか?

「まだ入ったばっかりなのにもう疲れたのォ?」
「はは、規則正しく動くっていうのに慣れていなくて……」

 田舎の出だからとかまだ14だからと言い訳するつもりはない。心はすでに大人のようなものだ。しかし、慣れない集団行動や学生生活は体だけでなく心まで疲れきってしまう。それに、全ての動きの中に教官や先輩がいて、ずっと見張られているのもソワソワしてしまって落ち着かない。

「入隊時にキッチリ動けんと使いもんにならんからじゃろう。今から慣れていけばええ」

 すでにキッチリ動く、というのが習慣付いているのか、サカズキは疲れた様子もなく寝る準備をしていく。

「でも本当に大変だよねェ。0600(マル・ロク・マル・マル)に起床、0605(マル・ロク・マル・ゴ)に点呼、0630(マル・ロク・サン・マル)に朝食……」

 いまだ聞き慣れない時刻の言い方でスケジュールを指折り数えるボルサリーノを見上げた。絶対に聞き間違えないようにとこの数え方らしいが、一瞬頭が混乱してしまう。

「あと失敗したら連帯責任っていうのが面倒だねェ。わっし、あんまり集団行動向いてないかもォ」

 ボルサリーノがそう言うのを聞き、軽く頷いた。決められた班で課業や訓練を行う中で、誰か一人でも途中で脱落したり失敗すれば班全体の責任となる。これは艦の上で何か問題が起きた時に助け合えなければ、そのミスで一つの艦を潰す要因になりかねないから、らしい。
 理にはかなっていると思うが、やらされる側としては堪らない。
 基礎訓練でスタコラ走っていってしまうサカズキとボルサリーノ。なのに自分は遅れがちな他3人をどうにか脱落させないように励ましながら走らなくてはならないのだから精神的な疲れも多い気がする。一番年下にやらせることだろうか?
 それに、自分が失敗できないというプレッシャーもとても大きい。特待生入りしたからか何なのか、教官からの期待のようなものが凄い。体力テストで14歳の記録を塗り替えるほどだったらしく、ロジャーの血筋だからなぁ、と遠い目をしてしまった。

「向いていなくても、ここはそれを学ぶところじゃけぇ」

 サカズキは真面目だ。キッチリしすぎていて本当に十代なのかと疑ってしまう。元の世界で自分がああなれと言われても、絶対無理だと断言できる。教官や先輩の命令にはしっかりと従い、逆らわず、文句も言わない。

「真面目だねェ、サカズキは」
「お前はもう少しシャンとせぇ」

 はぁ、とため息をつくサカズキ。これには心から同意する。自分たちが自由時間で自習している間に教官が各寮の部屋や掃除場所を回り、汚ければ荷物を全て廊下に放り出されるし、掃除ができていなければその理由とそこを掃除しなければならない理由を述べなくてはならない、というルールがあるのだが、ボルサリーノが荷物を片付けていなかったせいで一度ならず二度ほど荷物が廊下に放り出されていた。
 これにはサカズキも怒ってボルサリーノの荷物の片付けを手伝うようになった。そのおかげか、あれから1度も荷物を荒らされていない。

「うーん、厳しすぎるんだよねェ」
「艦の上では規律が大事じゃぁ教官も言うとったじゃろうが」

 確かに厳しいが、艦の上で問題が起きてからでは遅い。それを前もって教えてくれているのだと考えれば、いくらか気が楽になる気がする。

「でも周りに合わせるってのは無理かもォ……」

 ボルサリーノは少し考えた素振りを見せてから階段を上がっていった。そんな様子を見上げてからサカズキがこちらを振り返った。

「明日から武器訓練があるけぇ、早ぅ寝ろ」
「はい」

 サカズキはそう言うと自分のベッドへ消えていった。サカズキは顔は怖いし真面目だしあまり融通は利かないが、面倒見は良い方だ。自分のことをよく気にかけてくれる。その気遣いを班の他の三人にも使ってくれると有難いのだがそう上手くいかないのが現実だ。

「おやすみなさい」

 そう言えば上と横からそれぞれ返事が返ってくる。アダムは部屋の灯りを落とすと自分のベッドへ潜り込んだ。
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