短編小説

□実はお気に入り
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「おい、少し相手をしろ」
「お、お金持ってません……」

 突然後ろから王下七武海サー・クロコダイルに話しかけられた私は、震えながらそう言うことしか出来なかった。


 年に何回かある七武海を含めた会議。七武海はその名のとおり七人の海賊で構成されており、会議に全員が揃うことは極めて稀である。
 だが今回は久しぶりに半数以上が揃ったということで上があっちへこっちへと大忙しだった。
 しかし私はただの一般兵で、へー大変そうだなー、くらいにしか思っていなかった。だが、それがいけなかったのだろう。
 暇そうにしてしまっていたからか私に白羽の矢が立ち、会議で使う資料をそれぞれ七武海のメンバーに渡すという簡単なお仕事を任された。

 結果、全然簡単なお仕事じゃなかった。

 さすが海賊というべきか、皆大きいし威圧感は凄いし、無言の圧がやばかった。
 特にサー・クロコダイルは怖かった。左手はなく、代わりに鉤爪が机の上に置かれており、いつこれが振りかざされるのかと怯えながら書類を渡した。

 そして会議の後、私はお茶と資料の回収、部屋の片付けのために再び会議室を訪れていた。
 部屋の中に人の姿はなく、すばやく片づけを始める。いやぁ、あんな間近で海賊を見ることなんてそうそうないし、いい体験だったと思えば……怖かったけど、と資料を掻き集めていたら机に落ちる自分の影に、もっと大きな影が覆いかぶさった。

「え……」

 何が起きているのか分からずゆっくりと振り返るとそこには眉間に皺を寄せたサー・クロコダイルが立っていた。

「おい、少し相手をしろ」
「お、お金持ってません……」

 その威圧感に屈してそう言ってしまったのは、私のせいではないはずだ。

 なぜそんな険しい顔をしているんだ?
 先ほど何か粗相でもしてしまったのか?

「人聞きの悪いことを言うな」

 そう言われるが、そうでもない限り一端の私なんかに声をかけるはずがない。
 せめて痛い思いだけはさせないでくれ、と目を瞑るとふわりと抱きしめられた。

「ん……?」

 え? 抱きしめられてる? なんで?

 そのまま頭をぐしゃぐしゃと撫でられたかと思うと、クロコダイルはパッと体を離した。

「邪魔したな」

 そしてそう一言だけ言い残して会議室から去っていってしまった。今、何をされたんだ?抱きしめられたのか? 

 そのまましばらく呆然としていたが部屋の片付けの途中だったのを思い出して急いで続きを始めた。


 そしてその数ヵ月後、再び七武海を含めての会議が行われ、また私が資料配布係として駆り出された。なんか評判が良かったらしい。わけが分からない。
 クロコダイルと顔を合わせるのはこれで二回目だが、前のことをどう思っているのだろうか。なぜ抱きしめたのか。資料を配りながらチラ見してみたが目線が全く合わずに断念した。

 そして会議終了後、私は会議室の片づけをしていた。

「おい」

 そしたら再び後ろから声がかけられた。この声はクロコダイルだ。恐る恐る振り向くと、前回よりも少し離れたところに立っていて少し安心した。

「こっちに来い」

 そう言われ、また抱きしめて頭でも撫でるのかな、と近づくと怪訝そうな顔をされた。

「お前、警戒心がないとか言われないか?」
「え、あの」

 呼ばれたので、と素直に言えばクロコダイルは大きくため息をついた後に私の顎を掴んで軽く唇にキスをしてきた。
 一瞬何をされたのか分からなかった。理解が追いつかず唖然としていると

「もっと警戒心を持て。相手は海賊だぞ」

 そう言われ、ニマリと笑われた。そしてそれで満足したのかクロコダイルは前と同じく颯爽と会議室を去っていった。

 相手は海賊なのに、なんでこんなに顔が熱いんだ。

 私は赤くなった顔を誤魔化すためにいつもの倍の速さで動き、片づけを終えたのだった。
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