短編小説
□身長のあれこれ
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「クザン大将は背が高くていいですね」
楓は後ろをついてくるクザンにそう言った。
「そう?高くてもいい事ひとつもないけど」
「背の低い私からしてみればいい事尽くしですよ」
今度の会議の資料を作るために資料室へ足を運ぶ。そこに何故かその資料作りを依頼してきた張本人まで着いて来てしまい、何とか会話を生み出さなくてはと考えついた先に、身長の話を思いついた。
「そう思う?」
「はい、とても」
へぇ、とクザンは独りごちた。楓は自分の2倍程もあるクザンをチラリと見上げる。
会話が終わってしまった。だが丁度資料室に着いたためホッと息を吐く。
明かりをつければ所狭しと並べられた棚に、これまた押し込まれるようにファイルが並べられていた。
「高身長の利点ってなくない?」
楓は資料室に着くまでの尺稼ぎのような気持ちで身長の話を振ったのだが、クザンはこの会話を続けるつもりのようで、資料室の中をぐるりと見渡しながらそう言った。
ふぅん、の一言で終わったものだと思っていただけに楓は驚いたが、ありますよ、と微笑んだ。
「例えば?」
「例えば……そうですね。高いところのものを、踏み台を使わずに取れることとか」
楓はそう言って、あれを取っていただけますか?と上の方に収納されているファイルを指差した。
「なるほどね」
クザンは少し納得した様子で楓の指定したファイルを抜き取った。しかしそれを楓に手渡しながら、でも、と続けた。
「背が高いと入口のとこで頭ぶつけることがあるのよ」
あれ凄く痛いんだよね、と口を尖らせるクザンを見上げて楓は苦笑いをこぼした。自分には一生無縁な事だとも、相手にしてみれば嫌な事だとも分かるだけに下手なことは言えない。
少し考えてから
「でも、私は羨ましいです。クザン大将ほど身長があれば、見える景色も違うのでしょうね」
と、遠回しに褒めた。
楓の背は平均身長よりも幾分か小さく、いつも誰かしらに見下ろされている。棚の上の方に置かれたファイルを1人で取ることも出来ず、周りに人が立つだけで囲まれて周りが見渡せなくなることなど日常茶飯事だ。
「……見える景色、ねぇ」
何か思うところがあったのかクザンは考えるような雰囲気を醸し出し、腕組みをした。
そしてしばらくの空白の後、楓の足元に膝まづいて手を取った。
「え、あの」
驚きで楓が動けないでいると、クザンはキリッと表情を引き締めた。
「もし楓ちゃんが高いところの物が取れないって言うなら、おれが取ってあげる。
もし楓ちゃんが遠くを見たいって言うなら、おれが持ち上げて見せてあげる」
急に格好つけて何を言っているのかと思ったが、先程の自分の発した言葉に気を遣ったのだと気がついて一瞬笑みが浮かぶ。
何かこちらに反応を求めてきているような眼差しで見つめられ、楓はふぅ、とため息をついた。
「……さすが、女たらしの名人といった所でしょうか」
「え、感想それだけ?」
そしてその言葉に一転して唖然とした表情を浮かべるクザン。
「では、欲しい資料も見つけましたし、部屋に戻りましょうか」
楓が扉を開けてクザンを部屋の外へと連れ出し、来た時と同じように楓は前を歩き、後ろにクザンがついていく。
これでも勇気振り絞ったんだけどなー、とボソボソ呟いているのが後ろから聞こえてきて、楓は唇を噛んだ。
行きと同じ廊下だったが帰りの方がとても長く感じ、帰るのに時間が掛かったのだった。