短編小説

□鋭利な釣り針
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「黄猿大将がさ、あんたを好きだって噂が流れてるよ」
「…え?」

 食堂でいつも通り昼食を取っていると、正面に座っていた同僚が急にそんなことを言い出した。

「私もさっき廊下で盗み聞きしただけなんだけど、なんかあったの?」
「いや…何も…」

 噂話や恋愛話の大好きな同僚がニヤニヤしながら聞いてくるが、全く心当たりがない。私は黄猿大将の直属の部下でもないし、そんなに話したこともない。
ただ連絡事項を伝えたり書類を届けたりしたくらいではないだろうか。

「怪し〜、噂になってるくらいなんだから何かあったんでしょ」
「う〜ん…」

 本当に心当たりがない。何かあったならまずこの同僚に話すだろうし、相談するだろう。
何せ相手は海軍本部大将なのだから。
 だがまあ、最近はよく会うようになった気がする。
朝食堂に向かう途中にすれ違ったり、部屋に戻る際にお疲れ様、と声をかけてくださったりすることが増えた、ような。
 それを同僚に伝えると、見て分かるほどニヤリと笑われた。

「それ、本当に黄猿大将あんたのこと好きなんじゃないの?」
「え?なんで?」
「そりゃあ、一日に何回もすれ違うわけないでしょ。それに忘れっぽいあんたがよく会うような、って思うんだから相当でしょ」

 そう言われてもピンとこない。大きく口を開けてカレーを頬張る同僚を見つめてから眉をひそめて首を傾げた。
この同僚は自分とは違う物事の考え方、見方をしてくれるので本当に助かっているのだが、恋愛話になるとてんで駄目で、全く話についていけない。
 そんな私を見て同僚は大きくため息をついて

「あんたって本当に鈍感系主人公だよね。羨ましいわ」
「主人公って…そんなガラじゃないんだけど」
「いや、突っ込むところ違うから」

 と苦笑いをされた。やはり話についていけなかった。だが黄猿大将が私を好いてくださっているというのは本当なのかただの噂なのか気になるところではある。
本当ならお眼鏡に適う仕事が出来ているということだろうし、嘘ならばこの噂が黄猿大将の耳に入る前に沈静化させなければいけない。
一端の海兵などを好いているなんて冗談でもあまり嬉しいものではないだろう。
 少し冷めてしまったカレーの表面を掬って口に運びながらそんなことを考えていた。

 




「いい感じだねェ」
「何の話?」
「んん?わっしが楓ちゃんのことを好きだって噂がいい感じに広まってきたなァって」

 ボルサリーノはクザンのその問いに刺身をつつきながらそう応えた。

「え、あの噂って本当だったの」
「そうそう、わっしが自分で流したんだけどねェ」
「わざわざなんでそんなこと」

 クザンが怪訝そうにそう言えば、ボルサリーノはあっけらかんとした表情のまま口角を上げた。

「そりゃぁ、あの子にわっしを意識してもらうために決まってるでしょォ?
この方が本当に好かれているのか悩むだろうしィ」
「うわ、性格悪っ…」

 クザンは嫌そうな顔をしたが、そんなもの気にもしないという雰囲気を醸し出すボルサリーノにこれ以上の言葉は届きそうになかった。

「餌は用意したから、いつ掛かるか楽しみだねェ」

 釣り針の先には針の先が見えないように餌が括り付けられている。一度食いついてしまえば針が深く刺さり、逃げ出すことは出来ない。
 釣り人は気が長い。餌を確認した魚がどんな行動を取るかなど、目の前の豪華な刺身が物語っていた。
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