短編小説
□大人ぶる
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サカズキさんは大人だ。年齢的にもそうだし、見た目も体格も、大人の男の人という雰囲気が溢れ出ている。
そんなサカズキさんとお付き合いをさせてもらっているのだが、やはり自分はまだ子どもだと思い知らされることばかりだ。
「あの、この報告書なんですけど…」
「あぁ」
サカズキさんと付き合っていることは二人だけの秘密で、今のところ誰にもばれていない。もし私と付き合っていることがばれたら海軍の大将として部下たちに示しがつかないだろうという私の提案だ。
「ここの行間をもう少し開けてくれ。こことここは別の色で強調した方がええじゃろ」
「はい」
そしてさすがというべきか、サカズキさんはその提案を見事にやってのけている。仕事中は私と恋人同士だという雰囲気など一切感じさせない。よりよき上司として模範を見せてくれる。
私と違って。
付き合っていることは秘密にしておこう、と提案したのは私だが、仕事中は全くこちらに見向きもしない。良いことなのだろうが、こちらとしては少しくらい私にだけ見せる微笑みとか仕草とかあっても良いんじゃないだろうか?と落ち込んでしまう。
…恋愛小説の読み過ぎかもしれない。
ともかく、そんなサカズキさんと違って私は机に向かって書類に目を通すその真剣なまなざしとか、何か考え事をしているときの流し目とか、そういうものに一々見惚れて一人でかっこいいなあ、とか微笑んでしまう。
書類を手渡すときに少し手が触れたり、ふとしたときに視線が交わったり、ほんの小さなことが嬉しいし恥ずかしい。
でもサカズキさんはそんな素振りなど一切見せず、いつでも仕事中心で尊敬する。あれが大人である。私もいつかあんなふうになれるのだろうか。
まだまだ先は長そうだが、サカズキさんに見合う女性になれるよう精一杯努力していこう。
好きな女が同じ部屋にいる。こんな拷問があるだろうか。付き合った当初、向こうからの提案で交際は皆に秘密にしようということになった。
初めのうちはその方が都合が良いと思ったものだが、日が経つにつれてその提案を蹴っておけば良かったと後悔することとなった。
惚れた女がこちらを愛しそうな瞳で見つめてくる。
目が合えば恥ずかしそうに目線を逸らし、その後こちらに優しい微笑みを投げかけてくる。
手が触れ合えば小さく声を漏らして恥ずかしそうに謝ってくる。
部下の手前大それたことは出来ないが、やはりそんな反応を見せられては触れたいと思ってしまう。だが楓にサカズキさんは仕事とプライベートがしっかりと区別できていて尊敬します、と手放しに褒められているため前言撤回して触れることもままならない。
だが運のいいことに楓は自分がそんなことを考えているなどとは思いもよらないようで、大人の男性だと勘違いしてくれているようだ。
よっぽど楓の方が大人ではないだろうか。
早くサカズキさんに見合う女性になりたいですと口を尖らせる楓に
「焦らんでええ」
と余裕ぶることが出来るのはいつまでだろうか。